野村アセットマネジメント

対談【JPXグループ】取引所としての競争力強化と上場会社としての成長戦略を追求する

左:株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO 山道 裕己 氏 右:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖
左:株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO 山道 裕己 氏
右:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

現物市場の東京証券取引所やデリバティブ市場の大阪取引所、東京商品取引所などを傘下に持つ日本取引所グループ(JPXグループ)。公共性の高い取引所を運営する母体であるとともに自らも上場会社として成長戦略を模索する。企業としての成長をいかにして進めていくのか。経営上の課題について、2023年4月にグループCEOに就任した山道裕己氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。

JPX自身の成長戦略は必須

小池 山道さんは2021年から東京証券取引所の社長を務め、市場再編を主導されました。資本コストや株価を意識した経営への要請やコーポレート・ガバナンス改革にも積極的で、日本の株式が改めて注目されるようになりました。一方で、JPXグループという上場会社としてみた場合、取引所としての公共性が目立ってしまい、御社の成長戦略にはなかなかフォーカスが当たりづらい印象です。投資銀行業務などでグローバルに活躍された山道さんはJPXグループの国際競争力、成長戦略についてどのようにお考えですか。

株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO 山道 裕己 氏

山道 JPXグループには公共性の高い市場運営者と、公開された市場における投資対象としての上場会社という2つの役割があります。JPXグループの成長戦略は、この2つの役割を果たし続けるためにどうしたらいいか、という考えになります。
まず、原点に戻ると、我々のミッションは不変です。私がCEOになって最初に社員に伝えたことでもあるのですが、公平公正で信頼性の高いマーケットを運営し、国内外の投資家や上場会社にとって魅力的な場やサービスを提供することで、豊かな社会の実現に貢献すること、これは時代を超えて変わらないものだと思っています。
このミッションを実現し続けるためには、その土台として、私たち自身の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上が必要です。取引所を運営するために、今後も、重点的に人材やITへの投資が必要になりますので、将来的には、コストの上昇が見込まれます。当然のことながら、私たちが成長しなければ、取引所が運営する市場の発展もどこかで行き詰ってしまいます。
また、お金には国境がありません。つまり、私たちは、世界中の市場と投資資金の争奪戦を行っているということに他なりません。こうした状況はおそらく未来永劫変わらないでしょう。

小池 取引所の競争力とは、どのような要素で構成されているとお考えですか。

山道 競争力の要素は4つあると考えています。1つ目は、上場商品の質と量です。現物であれば上場会社であり、デリバティブであれば先物取引やオプション取引などです。2つ目は、取引所に参加している投資家の数と幅です。タイプの異なるさまざまな投資家層が市場に参加していることが極めて重要です。多様な投資家が豊富な流動性を供給することで、市況に依らず、売りたいときに売れ、買いたいときに買える市場が実現されます。3つ目は、適切な取引制度。そして4つ目は、ユーザーフレンドリーな取引システムです。

取引所としての競争力強化を進める
野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

小池 こうした競争力の強化に向けて、JPXグループではどういった点を課題や機会と捉えているのですか。

山道 それぞれに課題はあります。上場商品の質と量については、積極的に多様な上場商品の上場を進めています。また、たとえば、コーポレートガバナンス・コードの普及・定着など、上場会社全体のコーポレートガバナンスのさらなる充実に取り組んでいます。他にも、上場会社に向けて資本コストや株価を意識した経営の要請を公表するなど、上場会社における中長期的な企業価値の向上に向けた取組みをサポートしています。投資家の数と幅の拡大については、多様な投資家が参加できる魅力的な市場づくりがベースになりますが、日本市場の魅力を国内外の投資家に知っていただくところが出発点です。そのため、情報発信力の強化は我々にとっての最重要課題の一つと認識しています。
取引制度については、市場参加者の声を取り入れながら、公正で透明性の高いマーケットの実現に向けて必要な見直しを実施しています。取引システムについては、常に新しい技術の導入がもとめられる分野でもあり、数年に一度の頻度で更改しています。更改の際には参加者からのフィードバックを取り入れることで、より使い勝手のよいシステムを目指しています。
現在、日本市場には、国内外の投資家から高い関心が寄せられており、追い風を感じています。アジアのマーケットでは、これまで中国の存在感が大きかったのですが、地政学リスクの高まりもあり、特に、海外の投資家やアセットオーナーは、日本市場への投資拡大を真剣に考え始めている印象です。日本の経済規模の大きさ、マーケットの規模や流動性、安定性などが評価されていると考えています。
また、国内では、個人の株主の数も増加傾向にあります。証券保管振替機構の統計によると、延べ個人株主の数は、2020年度は約1,300万人でしたが、2022年度には約1,550万人と増加しています。実は、JPXグループの株主数も6万人前後で推移していましたが、本年3月末には13.5万人と倍増しています。今後のインフレ期待とNISAの抜本的拡充・恒久化というこれまでにない投資環境の変化が、個人の参加を促しており、日本の株式市場も厚みを増しつつあることを実感しています。

世界の上場株式時価総額の内訳
世界の上場株式時価総額の内訳
(注1)2022年6月末
(注2)世界全体で106兆ドル、うちアメリカ大陸48兆ドル、欧州・中東・アフリカ24兆ドル、日本5兆ドル、日本を除くアジア29兆ドル
(出所)国際取引所連合の資料より野村アセットマネジメント作成
日本の金融資本市場の機能強化に向けて積極的に取組みを推進

小池 競合となる海外の取引所は、周辺事業で規模の大きなM&Aが行われ、それをいかにマネタイズしていくかが、グローバルな競争力の源泉になってきている印象です。JPXグループとしては、フォーカスすべきは日本なのか、それともグローバルな展開を合わせて推進していくのか、そのあたりはどのように考えられていますか。

山道 確かに、欧米の取引所では、そうした戦略をとっているようです。ロンドン証券取引所グループによる金融情報会社リフィニティブの買収や、ドイツ取引所による議決権行使助言会社ISSの買収などはそうした戦略の例ではないかと思います。
JPXグループでは、2022年にJPX総研を設立し、グループ内の指数等のデータサービスや、システム関連サービス等のデジタルやITといった機能を集約させました。金融商品取引法では、「取引所」や「清算機関」の業務範囲が厳格に定められていますが、JPX総研では、これまでの取引所の業務範囲にとらわれない新たなサービス・商品の検討にも取り組んでいます。高度人材も活用しながら、これまでの「取引所」とは異なる新たなカルチャーが醸成されており、機動的に多様なサービスを検討しています。最近では、2022年11月に上場会社の英文開示をサポートするSCRIPTS Asia(スクリプツ アジア)株式会社を買収し、本年2月に完全子会社化しました。また、2022年12月には、デジタルアセット市場における「ナショナルインフラ」の構築に向けて、信託銀行などと合弁会社の設立に向けて検討を始めています。デジタルアセット全般の発行・管理基盤となる「Progmat(プログマ)」の開発と提供、そして、「デジタルアセット共創コンソーシアム」の運営を担う予定です。さらに、本年3月にはセキュリティ・トークンのプラットフォームである株式会社BOOSTRY(ブーストリー)に5%の出資をしています。こうした資本参加を伴う業務提携などは、これまでにない取組みと受け止められているようですが、今後も、経営戦略に合わせて積極的に出資やM&Aの案件も検討していきたいと考えています。
※2023年9月に「株式会社Progmat」の設立を正式に公表

小池 そうすると、事業セグメントで言えば、JPX総研を中心とした情報関連ビジネスの拡大が今後の収益の伸びしろとなっていくのでしょうか。

山道 データ・デジタルサービスは、重要な収益の柱の一つです。先ほどもお話ししましたJPX総研がそのビジネスを担っていますが、日本の金融資本市場の競争力強化に貢献すべく、様々な研究や取組みを行い、チャンスを探っています。
具体的には、データ・デジタルサービスのうち、指数の算出や配信、各種データの提供などの指数・データサービスは、JPX全体の市場運営への影響も大きく、また収益としても一定の比重を占める重要な事業です。市場運営の信頼性の基盤ともいえるこうした業務をしっかりと着実に遂行していく、いわば堅実な「守り」がまずは重要な点だと考えています。そのうえで、「攻め」の施策として、新指数の開発やデータビジネスの拡充など価値創造に向けて果敢に挑戦を続けています。また、DXやデジタル化関連の取組みも積極的に進めており、これらは将来的に、JPXグループ全体の収益に貢献すると期待しています。

収益構成比の変化~「情報関連収益」の拡大
収益構成比の変化~「情報関連収益」の拡大
情報関連収益…情報ベンダーから得る収益
取引関連収益…取引参加者(証券会社等)から得る収益
清算関連収益…清算参加者(証券会社、金融機関等)から得る収益
上場関連収益…上場会社から得る収益
13年度…東証・大証の経営統合でJPXが誕生
(出所)株式会社日本取引所グループ ・会社資料より野村アセットマネジメント作成
市場の活性化の兆しは見え始めている

小池 上場商品の質と量で付加価値を高め、参加者である投資家を増やすことで収益を拡大していくのは取引所ビジネスとしての伝統的な部分です。ただ、現物市場においては、新陳代謝が不十分といった否定的な声も聞かれます。

山道 新陳代謝が不十分というのは、上場廃止も含めて積極的な組織再編やM&Aが行われていない、市場の規律が上手く働いていないのではないか、そういう声かもしれません。確かに、以前は、年間70社程度の上場廃止のうち、30社程度が組織再編やM&Aによる上場廃止でしたので、海外と比較すると、相対的に少ない状況でした。しかし、数年前より、コーポレートアクションによる上場廃止の数が増えており、直近では年間80社程度です。企業の文化や社会・経済情勢の相違もありますので、海外との比較は一概には難しいところですが、ただ、組織再編などが経営の重要な選択肢のひとつであることは間違いありません。上場会社に対して資本コスト等を意識した経営を呼びかけていますが、持続的な成長を実現するために、今後、事業ポートフォリオの見直し等が進むことが期待されます。組織再編やM&Aなども含めて、上場会社が積極的に経営資源の適切な配分の実現に取り組むことで、市場全体も徐々に活性化していくのではないかと思います。

小池 上場商品に関しては、インデックス商品についても新たなものが続々と登場し、数の多さを感じます。TOPIXだけでもかなりのバリエーションが存在し、投資家が使い分けるのは容易ではありません。スクラップアンドビルドといった動きはあるのでしょうか。

山道 投資対象として魅力的な指数を提供することが重要だと考えています。既に多くの利用者がいる場合には、スクラップは難しいと思いますが、必要な見直しは進めています。現行のTOPIXについては、連動資産が既に80兆円を超えていますが、投資対象としての機能性を高めるために見直しを進めています。また、本年7月からJPXプライム150指数の算出を開始するなど、新たな指数の開発には引き続き取り組んでいます。一つの指数で全ての投資ニーズに応える事は難しいため、投資家の皆様の声を積極的に取り入れながら、きめ細やかにニーズに対応する指数を開発していくことが求められていると思います。こうした取組みについても、JPX総研が進めていきます。

日本全体のカーボンニュートラルに向けても貢献したい

小池 御社は2019年に東京商品取引所(TOCOM)を経営統合しました。貴金属やゴムについては大阪取引所に移管し、エネルギーの先物市場に特化した商品取引所になりました。この間に、どのような変化があったと感じていますか。

山道 総合取引所が開始して3年経ちましたが、商品先物市場についても、安定的に運営できており、関係者の協力にも感謝しています。商品先物市場については、まだ課題も多く、マーケットをどうやって拡大していくか、という点がポイントです。市況の影響もありますが、海外投資家の取組高が増えている商品もあり、まだ、大きなシナジーを実現できているわけではありませんが、ポテンシャルは高いと感じています。
また、いわゆる上場株式や金融派生商品などの金融商品市場とは異なる市場の開設に向けても取り組んでいます。東京証券取引所は、取引所として、日本のカーボン・プライシングに貢献する観点から、カーボン・クレジット市場の開設を進めています。政府は、2050年カーボンニュートラル目標を掲げていますが、本年2月に「GX実現に向けた基本方針」の中で、カーボン・プライシングの制度設計として「排出量取引制度」導入の方向性が示されました。東京証券取引所は、2022年度に、経済産業省から「カーボン・クレジット市場の技術的実証等事業」を受託しているのですが、この実証事業の結果も踏まえて、取組みを進めており、市場参加者の登録も受け付け始めています。市場が拡大すると、ヘッジ機能としてのデリバティブにも自然と関心が向かうはずです。現物市場とデリバティブ市場が同じグループにあることは、市場参加者の安心感にもつながるのではないかと思っています。
日本は、電力の発電量も消費量も多く、安定的なエネルギー供給のためにも、電力市場の存在は非常に重要です。電力は、地産地消が基本です。国内の先物市場は、現物市場に比べて活用が限定的ですので、できるだけ早期に活性化に向けて努力すべきだと考えています。

小池 JPXグループ自身のカーボンニュートラルやスコープ3対応を含めたサステナビリティ経営については、どのように進展しているのでしょうか。

山道 私が本部長を務めるサステナビリティ推進本部では、JPXグループとしての環境課題への対応や人的資本経営といった基本的なサステナビリティ戦略を策定し、施策を実行しています。
今中期経営計画で、2024年度にカーボンニュートラルを達成することを宣言しています。達成に向けては、JPXグループ自身が、太陽光やバイオマスといった再生可能エネルギー発電設備を保有し、環境価値を作り出す取組みを実践しています。こうした取組みの原資となる資金調達のために、2022年6月に国内で初めてブロックチェーン基盤を活用した社債型セキュリティ・トークンである、グリーン・デジタル・トラック・ボンドを発行しています。
証券市場全体でみると、データセンターや取引システムなど、その運営には、多くの電力を消費しています。長期的な視点から、2030年までに実現を目指す長期ビジョン、Target 2030を策定しているのですが、2030年に向けては、証券市場の運営・バリューチェーンに係るカーボンニュートラルの実現を目指しています。売買・清算・決済など、市場での取引における一連の事務プロセスで消費される電力について、再生可能エネルギーで賄うことを目指しています。
市場の運営で排出される温室効果ガスを抑え、利用する電力を再エネ化することで、市場のサステナビリティを格段に向上させていく方針です。JPXグループがイニシアティブをとり、市場関係者と協働しながら、将来にわたって必要不可欠な社会インフラとしての姿を形作っていきたいと思います。
サステナビリティ戦略のうち、人的資本経営に関して言いますと、JPXグループでは「人的資本」を最も重要な経営資源の一つとして位置づけています。そのため、人的資本、人材への投資は、JPXグループの中長期的な企業価値向上にとって必要不可欠です。そのため、「伝統的な取引所としての業務を安定的に運営し、それを高度化していく人材」に加え、「新たな分野・領域を切り拓く人材」を採用、育成し、そうした「全ての人材が十全に能力を発揮できる環境を整備すること」を人材戦略における基本的な考え方としています。

小池 最後に私たち機関投資家のエンゲージメントについて、期待している点を聞かせていただけますか。

山道 機関投資家は、上場会社との対話の担い手ですから、上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上の実現に向けて、積極的に対話をしてほしいと思います。機関投資家がもつ深い知見やアセットオーナーの意見をオピニオンリーダーとして積極的に発言することも期待しています。小池さんも、世界中の投資家やアセットオーナーと直接、話をしていると思いますが、海外を含めて投資家が、日本企業や日本市場について、どのように考えているのか、どのような声があるのか、たとえば、ホームページなどで公表するのも面白いと思いますし、個別企業へのエンゲージメントの際に伝えても良いと思います。
上場会社も様々ですから、エンゲージメントの取組みや姿勢には大きな違いがあります。上場会社、投資家と全体的にレベルアップしていけば、日本株市場全体の活性化につながるでしょう。野村アセットマネジメントの取組みにぜひとも期待しています。

小池 ありがとうございます。今後とも頑張ってまいります。

この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年9月27日)