野村アセットマネジメント

対談【パナソニック ホールディングス】グループ各社に「自主責任経営」を根付かせ、戦略とオペレーション力を伴った成長を推進

右:パナソニック ホールディングス株式会社 代表取締役 社長執行役員 グループCEO 楠見 雄規 氏 左:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖
右:パナソニック ホールディングス株式会社 代表取締役 社長執行役員 グループCEO 楠見 雄規 氏
左:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

2022年4月に新体制に移行したパナソニックグループ。パナソニック ホールディングスの傘下に7つの事業会社が並ぶ。「持株会社制」ではなくあえて「事業会社制」と謳っているその真意を伺うとともに、160年後を見据えた企業成長への道筋をグループCEOの楠見雄規氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。
※松下幸之助創業者が1932年に掲げた250年計画、2022年で90年が経過し、残り160年となる。

ホールディングス化の狙いは事業会社の「自主責任経営」による競争力の強化

小池 パナソニック ホールディングス株式会社が2022年4月に持株会社に移行したことは大きな変化だと見ています。持株会社化の目的は、全社画一の人事制度や意思決定プロセスから脱却し、各事業会社の競争力強化を促すことで、企業価値最大化を目指す体制へシフトすることだと理解しています。実際、移行前に比べ権限移譲が進んだことで、各事業会社が自主責任経営を徹底し、個々の活動を活発化させているように感じています。IRの機動力も格段に向上しているとの声も聞かれます。改めて、持株会社化の狙いについて、楠見社長のお考えを教えてください。

パナソニック ホールディングス株式会社 代表執行役 社長執行役員 グループCEO 楠見 雄規 氏

楠見 持株会社化の狙いは松下幸之助の経営理念で掲げた自主責任経営をもう一度復活させることにあります。当社は直近までの約30年間、買収などにより時に成長したように見えたこともありましたが、実質的には大きく成長はしていません。「なぜ」と問い返してみると単年度業績、つまり短期の売上や営業利益を重視するあまり、業績目標の達成自体が目的化してしまったのだと思います。社会や顧客に役立つサービスを提供し、喜んでもらってその対価として利益を頂くということができなくなっていました。
本社の指示が目的化してしまうと販売目標や既存のやり方が固定化してしまい、仕事のプロセスを進化させたりデジタル化させることが進まなくなりました。これらを徹底的に直す必要があったのです。

小池 持株会社体制では、各事業会社のガバナンスも非常に大切な部分だと思います。ホールディングス(以下、HD)として個々の事業会社に対してどのようなガバナンスの方針をとられるのでしょうか。また、HDはグループとしての企業価値向上がミッションになると思いますが、将来的なHDの位置づけについてはどうお考えでしょうか。例えば、HDは投資会社のような位置づけになると想定していますでしょうか?

楠見 HD化については、ポートフォリオマネージメントに徹するというよりも個々の事業会社の競争力強化、誰にも負けない競争力の獲得に主な狙いがあります。当社らしい経営から離れている点を修正し、グループの経営方針に立ち返ることにあります。HDの役割は5つに集約されます。
第一に、経営基本方針の徹底です。60年前に書かれたものを読みやすくし、それに関する経営幹部からの発信を増やしました。第二に、競争力強化という視点での、オペレーション・プロセス、リテラシーの強化です。オペレーション戦略部の設置(デジタルにより生産現場の革新)やトヨタ生産方式の考え方を取り入れ、さらにCIOとして業務プロセスのスペシャリストである玉置氏を招聘しました。業務プロセスをスピード感持って変革していくリーダーが必要だと認識していましたが、彼にDXの陣頭指揮を取ってもらっています。
第三に、上意下達文化の見直しです。一人一人が生き生きと仕事ができる環境作りもHDの役割の一つです。第四に、事業ポートフォリオの見直しです。投資するにしてもダイベストするにしても大きな視野でサポートしていかなければなりません。第五に、リスク対応です。安全とコンプライアンスに加え地政学リスクに備えます。事業会社に対して、私と梅田グループCFOが中心となって監督していきます。

野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

小池 ステイクホルダーの反応はいかがですか。

楠見 グループCEOとしては、SNS(社内システムYammer)を活用した従業員との対話は進展しており手応えを感じています。
取引先とは旧来の商慣行を変えようとしているところでは難しさはありますが、国内家電の新販売スキーム(くらし事業における、一定条件下でメーカー側による価格決定が可能になる新価格スキーム)などの取組みは概ね良好なフィードバックを頂いております。
アナリストとの対話には難しさを感じています。短期間で利益を上げることを要求されますが、私はすぐに効果は確認できなくても、時間をかけて体質改善に取り組むことを優先したいと考えています。

車載電池事業などへの大型投資へ踏み込むことで成長戦略を強化

小池 次に、成長戦略についてお聞きしたいと思います。
まず、車載電池事業ですが、ここ1年で大きく事業環境が変わりました。米国においては巨額の補助金を受給できる見込みですが、一方で、中国・韓国勢との競合激化が予想されます。投資に踏み切るハードルは低下しましたが、依然として大きな経営判断が求められる局面だと思います。御社は過去、プラズマディスプレイパネルなどで大型投資に踏み切ってきましたが、それらの投資と比較して、今回の車載電池への大型投資に対し、事業機会やリスクなどをどのように評価しているのか、過去の投資との比較という観点で考え方を教えてください。

楠見 車載電池事業については、材料などの資源獲得競争や米中デカップリングの方が、リスクが大きいと判断しています。事業特性としては、ディスプレイパネルなどとは全く違うと考えています。プラズマTVは液晶との技術における競争があり、それを見通すことは困難でした。一方で、車載電池の技術面で言えば当面はリチウムイオン電池が主流で間違いないと思います。プラズマディスプレイパネルは大画面化でインチサイズによる歩留まりの問題がありましたが、電池は容量の問題だけであり、中身(化学組成)の進化が重要となります。また、プラズマTVのようなBtoC市場ではコスト競争が主流となりますが、車載用の電池は性能や安全性などが重要となります。そこで顧客とのコミュニケーションが重要となります。米国市場ではテスラが戦略パートナーであり、角形車載電池ではトヨタ自動車と合弁会社を設立しましたが、車載電池事業は、高い品質要求に応えつつ、顧客の要望に沿って投資をしていくビジネスと言えます。このため、過去のディスプレイパネルのような過度の設備投資競争に陥るとは見ていません。当社の車載電池事業は、生産性やオペレーション効率化が課題でしたが、戦略パートナーとの協業が進む中で、生産効率性で業界トップが見えてきています。

車載事業戦略について
車載事業戦略について
(出所)パナソニック ホールディングス株式会社・会社資料より

小池 世界トップクラスのサプライチェーン・ソフトウェアの専門企業であるBlue Yonder(ブルーヨンダー)については、グループ内シナジーの創出、上場による市場価値の顕在化という観点で評価できると考えていますが、一方で、過半を持ちながら上場するという点について、ガバナンス上の課題もあると思います。改めて、Blue Yonderへの投資の意義や、今回上場を検討するに至った意思決定プロセスなどについてどのような議論があったのかを教えてください。

楠見 当初、私は100%子会社化することには懐疑的でしたが、Blue Yonderのシステムを導入したモバイルソリューション事業と大阪の物流センターを見て考えが変わりました。元々の狙いはより効率的なサプライチェーンマネジメントのソリューション提供でした。リードタイムを短くし、欠品・過剰在庫の削減でロスを減らすことにありましたが、それだけではなく、現場ソリューション事業で培った技術とBlue Yonderを組み合わせることでサプライチェーンにおける好循環を起こすことができると考えました。100%子会社化については経営陣皆で共通理解を深め、グループ戦略会議で決断しました。
現在は、新経営者を招聘して、改善を図りつつ、企業価値向上を図っていきたいと考えています。

「Panasonic GREEN IMPACT」で産業界をけん引

小池 2022年1月には、御社は新たな環境コンセプト「Panasonic GREEN IMPACT」を発表され、自社のCO2排出量の削減のみでなく、削減貢献量も活用しながら、2050年に向けて、現在の世界のCO2総排出量の「約1%(≒3億トン)」の削減インパクトを目指しています。環境課題への対応について、楠見グループCEOが就任されてから、その取組みが加速し、御社に対する市場の注目も、さらに高まっていると考えています。

楠見 Scope1,2の排出量は2030年までにゼロ、2050年にはScope3まで実質ゼロ化するという具体的な削減目標をもって対応していくと同時に業界全体で「削減貢献量」という潮流をしっかり定着させて温暖化の阻止に取り組んでいかなければなりません。
2050年にむけてGX(グリーン・トランスフォーメーション)は最優先で取り組むべき社会課題と認識しています。松下幸之助が1932年の第1回創業記念式で有名な「水道哲学」とともに「真の使命」を表明していますが、それは「250年かけて」「精神的な安定と物資の無尽蔵な供給が相まって初めて人生の幸福が安定する」という内容です。地球温暖化を阻止することは当社の経営哲学にも通じる部分もあります。

「Panasonic GREEN IMPACT」 の解像度向上
「Panasonic GREEN IMPACT」 の解像度向上
(出所)パナソニック ホールディングス株式会社・会社資料より

小池 当社でも、単なるGHG(温室効果ガス)排出量の削減だけでなく、企業の製品やサービスがどれだけGHG削減に貢献できたか、という削減貢献量を自社のESG評価に反映させて、企業側のGHG削減の努力を適正に評価するための取組みを行っています。しかしながら、削減貢献量に関しては計測・開示の統一的な基準などがなく、どこまで適切に企業の努力を評価できるか、という点で課題を感じています。
こうした中、経済産業省が主導するGX経営促進ワーキング・グループでは、パナソニック ホールディングスや野村ホールディングスなどがリーダー企業となり、市場に提供する製品・サービスによる排出削減等が適切に評価される仕組みの構築に取り組んでいます。当社も野村グループの一員として、このワーキング・グループの活動に貢献しているところです。こういった機関投資家の取組みについて意見、アドバイスを頂ければと思います。

楠見 機関投資家が我々と同様な取組みを進めていることに感謝しています。こうした活動が各企業の「地球温暖化を阻止する」という動きをさらに加速させる効果に期待しています。
データの基準については、WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)でも重要なイニシアティブの一つにもなっていますし、電機業界に関して言えば、IEC(国際電気標準会議)で標準化する動きがあります。全業界でこうした動きがもっと認知されることに期待しています。

小池 海外の機関投資家と対話をしていると日本の企業、日本の金融・資本市場に対する誤解があると感じます。松下翁の経営理念が脈々と引き継がれていること、その経営理念のもと大胆な舵を切られており、期待感の高まりを持ちます。ここまで議論頂いたパナソニックの良さを企業価値に反映させていくために必要なポイントについては、どのようにお考えでしょうか。

楠見 成長性が重要だと思います。成長性は競争力から生まれます。競争力というのは、戦略をどう変えるのか定量的に示し、オペレーションの仕組みを整備することです。そしてそれが顧客・社会から見て誰にも負けない状態になれば、利益が増え、従業員・株主への還元、次の成長投資へと回って成長できるのです。
冒頭で申し上げたように短期的な施策よりは、少し時間がかかっても本来持っている一人一人の力を発揮して誰にも負けない競争力を備えるようにしたいと考えます。

小池 本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年1月27日)