エンゲージメント事例
当社では「運用における責任投資の基本方針」に基づいた重点テーマを責任投資委員会で決定し、重点テーマに沿って運用調査部門でエンゲージメントを実施しています。これらの活動を統括するエンゲージメント推進室を2021年に設置しました。同室には運用担当者も兼務しており、投資先企業に関するエンゲージメントの要望を伝達するほか、エンゲージメントの状況を把握し投資判断に反映しています。
エンゲージメントの実績
2023年は2,086のテーマについてエンゲージメントを行いました。
2022年12月末にマイルストーン管理の対象であった934件のうち、303件については完了に至っています。
2023年のエンゲージメント・ミーティング
- エンゲージメント・ミーティング件数
- 911件
- エンゲージメント・テーマ数
- 2,086テーマ
※2023年通年のエンゲージメント・ミーティングの内訳(テーマ数)
マイルストーンの進捗状況※
- ※ 2022年12月末時点で設定済みのエンゲージメント・ゴールに関して、マイルストーンの進捗状況を確認
- 完了:対応策をプレスリリースなどで公表され、実施されることが確実となった
- (完了については、2023年末の累積値。2023年単年の件数は99件)
- 対応策の実施:対応策がプレスリリースなどで公表されたが、企業側に対応策の実行完了を見極める必要があると判断される場合
- 対応策の策定:当方から指摘した課題について、社内で検討を進めていることをミーティングで確認した
- 認識の共有:当方から指摘した課題について認識を共有した状態(先方が課題を理解し、検討を開始)
- 課題の伝達:当方より企業側に課題と考えている点を伝えた状態
エンゲージメント事例のご紹介
当社では、毎年7月に責任投資委員会でエンゲージメントの重点テーマを策定しています。
2022年7月に策定した重点テーマを基にエンゲージメント事例を紹介します。
分 類 | テーマ | テーマ概要 | |
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事業 | 1 | 事業戦略と サステナビリティの 統合 |
サステナビリティを統合した事業戦略の説明を求める。マテリアリティやリスクに関する情報開示を含む。「マテリアリティとリスク情報の開示」を統合。 |
環境 | 2 | 気候変動 | ネットゼロに向けたGHG削減目標の設定、SBT認定取得、スコープ3やGHG吸収量の開示などを求める。 |
3 | 自然資本 | 生物多様性や水リスクへの対応を求める。 | |
社会 | 4 | 人権リスク | 国内外の社会で求められる人権方針の策定・人権デューディリジェンスの実施を求める。 |
5 | 多様な価値観を持つ 人的資本の活用 |
ジェンダーの多様性を含め、成長戦略に沿った人的資本の活用を求める。「多様性」の範囲を拡張。 | |
6 | ウェル・ビーイングな 社会の実現に向けた 課題解決 |
新設。ウェル・ビーイングな社会に向けた課題解決をビジネス機会に繫げる取組みを促す。 | |
ガバナンス | 7 | 取締役会の再定義 | 実行性の向上。本格的にモニタリング・ボードへの移行を促す。(議決権行使基準の改定と合わせて議論) |
8 | 資本効率性に対する コミットメントの強化 |
政策保有株式の縮減を含む資本効率性について、役員報酬を通じてコミットメントを求める。「政策保有株式の縮減」を統合。 | |
財務 | 9 | 合理的な 財務戦略の説明 |
手元資金の活用や株主還元方針、政策保有株式の縮減等について説明を求める。「政策保有株式の縮減」を統合。 |
気候変動エンゲージメントの一環として、当社は投資先企業に対してSBT認定を促しています。
SBTとは、パリ協定が求める水準と整合した5~10年先を目標年として企業が設定する温室効果ガス排出削減目標のことであり、CDP、UNGC、WRI、WWFが設立した国際的機関であるSBTイニシアティブが認定します。
企業やサプライチェーン全体でGHG排出削減に向けた取組みが求められる中、外部からの評価向上や取引先からの要請等の様々な理由から、SBT認定取得に取り組む企業が増えています。
2023年の日本企業のSBT認定取得数は累計700社を超え、同年12月末時点の日本企業の取得数は世界一となりました。
九州電力株式会社への SBT 認定に関するエンゲージメント
2021年4月に九州電力株式会社は「九電グループカーボンニュートラルビジョン2050」を策定し、 低・脱炭素のトップランナーとして九州から日本の脱炭素をリードする企業グループを目指すことを宣言しました。 同社のゼロエミッション・FIT電源比率は58%(2019年度)と、国内電力会社ではトップクラスです。
一般的に日本の発電における化石燃料比率は高いといわれていますが、同社はいち早く原子力発電所の再稼働を実現し、再生可能エネルギーの導入にも意欲的です。同社の経営陣やIR部門はIR説明会や施設見学会等を通じて、積極的にこれらの努力をアピールしていました。
このような同社の低・脱炭素に向けた努力を投資家を含めたステークホルダーに浸透させ、企業価値を向上させるには、SBT認定が望ましいと当社では考え、2021年からIRおよびESGミーティングの場でSBT認定を働きかけてきました。
電力会社のSBT認定の事例は世界的にも少なく、当初は早期SBT認定は困難と思われていましたが、2023年3月に同社の温室効果ガス(GHG)の排出に関する削減目標が、国内大手エネルギー事業者として初めてSBT認定されました。
当社の働きかけが、同社のSBT認定の一つのきっかけになったと考えています。
エンゲージメント活動
全世界的に人手不足が意識される今、企業には多様な人的資本の活用が求められています。
性別・国籍をまたぐ多様性のある人的資本を拡充することは、人材の“量”の増加だけでなく、“質”の向上にも寄与すると期待されます。
一方で人材が適切な扱い・評価を受けているかのモニタリングも重要です。
サプライチェーンがグローバル化し、異なる規制や慣習と交わる中で、人権問題が発生する恐れもあります。
当社は投資先企業の人権リスクを注視するとともに、投資先企業に対して人権デューディリジェンスの実施を促しています。
多様な価値観を持つ人的資本の活用
エンゲージメントの概要 | |
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当社の問題意識 | 半導体業界全体で人材獲得競争が激化する中、 当該企業は全社員に占める女性社員比率が低く、 女性の活躍推進を進めることで、 人手不足の課題解消につながるのではないかと考え、 エンゲージメントを開始しました。 |
エンゲージメントの 経過 |
当該企業に対して、女性の活躍推進に関する目標値の設定と目標達成に向けた施策の策定を促したところ、
当該企業は前向きに取り組みたいとコメントしました。 その後当該企業から女性管理職比率の目標値が公表されましたが、 同業他社と比べるとやや保守的な数字であり、当社は改めて目標値の見直しと施策の拡充を求めました。 |
足元の状況 | 足元の施策の状況を確認したところ、女性技術者の採用強化を目的に座談会や会社紹介資料の拡充が進められていることが確認できました。 当該企業は、女性活躍推進で研究成果のある社外取締役の意見を参考に施策を拡充する方針としています。当社はこの方針を後押しします。 |
エンゲージメントの概要 | |
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当社の問題意識 | 小売り業界では外国人労働者の活用が進む中で、労働環境には課題が指摘されています。 当該企業は国内外でコンビニエンスストア・チェーンを営む大手小売り企業ですが、 統合報告書などでは人権リスクに関する検討状況が確認できず、エンゲージメントを開始しました。 |
エンゲージメントの 経過 |
当該企業に対して、外国人労働者の人権リスクの管理状況を確認したところ、 国内では外国人労働者の生活サポートに貢献する社団法人を設立している一方で、 海外のフランチャイズ加盟店などでは、実態を把握できていない可能性もあるというコメントを得ました。 当社からはサプライチェーン全体を含めて人権リスクを把握するために、人権デューディリジェンスの実施を促しました。 |
足元の状況 | その後複数回にわたり対話を進めたところ、 当該企業は2023年の統合報告書でサプライヤーの人権デューディリジェンスの結果と、リスク軽減の方針を開示しました。 |
エンゲージメント活動
当社は、社会的課題の解決に取り組む複数の国際的なエンゲージメント・イニシアティブと連携しています。
そのエンゲージメントの一つがAccess to Medicine Index(ATMI)です。同イニシアティブは中低所得国への医療アクセスの改善を促す目的で活動しています。
当社は第一三共株式会社を含む日米2社の大手製薬会社に対してリード・インベスターとして協働エンゲージメントを担っています。
- 独立非営利研究財団「Access to Medicine Foundation(ATMF:医薬品アクセス財団)」が公表する調査結果。
- 同財団は、10年以上にわたって製薬業界と連携し、中低所得国における現代の医療進歩による恩恵を受けられない何十億もの人々への医療アクセスの改善をもたらすことを主要な目標として掲げている。
- 世界で142の機関投資家(運用資産22兆ドル)がATMIを参照。
- 当社は2019年にATMIに署名。ATMIを代表して、日米2社の大手製薬会社に対してリード・インベスターとして協働エンゲージメントを担う。(リード・インベスターを担う日系企業は当社含めて2社)
- 2021年に、新型コロナウイルスに対する公正で公平な対応について支持する声明に共同署名。
- 2022年、当社英国拠点が英製薬会社への共同リード・インベスターを担う。
- 2023年、当社英国拠点が米国製薬会社へのリード・インベスターを担うとともに、当社日本拠点が第一三共株式会社へのリード・インベスターを担う。
エンゲージメント活動
企業のガバナンス強化に大きく寄与するのが、取締役会の実効性向上です。
当社は取締役会の役割・責務を経営陣の監督であると考え、投資先企業に対してモニタリングボードへの移行を促しています。
当社が考えるモニタリングボードの要件は複数ありますが、最も重要なのは取締役のメンバーです。
独立性などの外形基準に加えてスキルマトリックスを考慮に入れ、当該企業の監督を担い得る取締役会の実現を後押ししています。
エンゲージメントの概要 | |
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当社の問題意識 | 当該企業には、取締役・監査役の指名・報酬の検討等を行う諮問委員会がありましたが、同委員会の委員長を社長が務めており、実効性に課題がありました。 |
エンゲージメントの 経過 |
当該企業に対して、取締役会の役割・責務は経営陣の監督であり、
その根幹を成す指名・報酬の検討を社長が委員長として主導することに懸念を示したところ、
当該企業は同委員会の過半数は社外取締役が占めており、実効性に問題はないというコメントにとどまりました。 その後、当該企業の社外取締役とも2度にわたって面談を実施し、社長が指名・報酬に関して自己評価を行う構図に懸念を示すともに、 社長の後継者計画策定に際し指名機能の重要性に関して議論を行いました。 |
足元の状況 | 2023年4月に当該企業は指名報酬委員会を新設しました。同委員会は、総務担当取締役および社外取締役5名で構成され、社外取締役が委員長を担う組織になっています。 |
エンゲージメントの概要 | |
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当社の問題意識 | 当該企業はグローバルに事業を展開する半導体メーカーですが、女性取締役がいないこと、社外取締役が1名しかいないことなど取締役会の多様性に課題がありました。 また、今後海外事業を拡大するにあたり、同事業に精通した取締役が必要ではないかと考え、エンゲージメントを開始しました。 |
エンゲージメントの 経過 |
当該企業に対して、取締役会の多様性に課題があること、今後海外事業を拡大するにあたり外国人取締役など同事業の監督に適した人材が必要ではないか、 という当社の認識を伝えました。当該企業からは、多様性・実効性の向上に向けて人選を検討したいという前向きなコメントを得ました。 |
足元の状況 | 2022年に当該企業では、外資系半導体メーカーのマネジメント経験を有する女性取締役と外国人取締役が信任されました。 翌2023年には女性取締役が2名に拡充され、取締役会の多様性・実効性が大きく向上しました。 |
エンゲージメント活動(自動車産業)
当社は、持ち合い株式(政策保有株式)が自動車産業の資本効率性の低下の一因になっているという懸念から、
非事業資産である政策保有株式の縮減と、これを基にした成長投資の必要性について自動車産業の各社と議論してきました。
当初は株式売却による取引先企業との関係悪化を懸念したためか慎重なスタンスでしたが、
当社は第三者の立場として取引先企業両方に意見を求めるなど、粘り強く議論を進めてきました。
当社がこのように取り組んできたエンゲージメントは、成果を出しつつあります。下記のエンゲージメント事例で示したように、
H社とは政策保有株式と同社の強みとなりつつあるOHT(オフハイウェイタイヤ※)事業の成長性や戦略について議論してきました。
議論を通して理解したOHT事業の魅力が資本市場には十分伝わっていないと指摘し、
その後、開示が積極的になったことなど、建設的な対話ができたと自負しています。
H社だけでなく自動車産業全体で持ち合い解消は進みつつあります。2023年下期にはトヨタグループの系列会社が相次いで持ち合い解消に向けた方針を発表しました。
当社はこの動きを好感しつつも、株式売却にとどまらず、売却資金をどのように成長投資および企業価値向上につなげるか議論していきます。
※OHT… OHT(オフハイウェイタイヤ)とは農業機械や産業車両等に用いられるタイヤを指します。 タイヤ業界では新興国タイヤメーカーが低価格戦略で存在感を増していますが、 乗用車用タイヤなどと比較して高い耐久性が求められるOHTは堅調な収益性が期待されています。 H社は2016年にOHT事業に参入し、23年には業界大手企業の買収を完了し、事業規模の拡大を進めています。
コメント
当社はこの数年間株価が伸び悩み、2020年にはPBR0.4倍まで低下していました。 そのような時期に貴社とのミーティングで、 OHT事業の魅力や成長に向けたアセットアロケーションの考え方が株式市場に十分認識されていないのではないか、との指摘を受けました。 対話を受け、OHT事業説明会の実施や決算説明会資料などの開示を充実させると同時に、 経営トップ自ら面談を実施し、当社の成長性や戦略について積極的なアピールを行った結果、 PBR1倍へ近づきつつあります。今後も積極的なIR活動を実施します。
コメント
当社グループの強みはADCに代表される先進的ながん治療薬の製品ポートフォリオと研究開発パイプラインにあります。 より早くより多くの患者さんに製品を届けるために、大手欧米企業との提携を活用するとともに、 医療基盤の脆弱な地域ではNGOとのパートナーシップを通じた医療アクセス拡大の取組みを推進しています。 貴社との対話を通じて、弊社の医薬品へのアクセスに関する指標(販売国数やPatient Reachなど)のさらなる情報開示の重要性を認識することができ、 また提携による医薬品アクセス向上の意義についてもATM財団が考慮してくれるきっかけとなりました。