野村アセットマネジメント

対談【アシックス】世界で戦うグローバル企業は資本市場でもフロントランナーに

右:株式会社アシックス 代表取締役会長CEO 廣田 康人 氏 左:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖
右:株式会社アシックス 代表取締役会長CEO 廣田 康人 氏
左:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

日本発のグローバルスポーツブランド企業として高成長と飛躍的な収益性改善を果たしているアシックス。2010年代には成長目標の達成に苦戦した時期もありましたが、2018年からの構造改革に成功し、新たな成長フェーズを迎えています。改革の陣頭指揮を執ってきた株式会社アシックス代表取締役会長CEOである廣田康人氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が、アシックスの業績回復の歩みや成長への道筋について語り合いました。

縦割り組織の弊害をカテゴリー別収益責任体制で解決

小池 海外投資家に対して日本企業の魅力を発信していく必要性を感じる機会があり、「プロジェクトブリッジ」としてCEO対談を始めました。私たちにとっても対話を重ねてきた企業の取組みを広く紹介したいという思いがあります。実際、資産運用立国の実現に向けた一連の政策の後押しもあり、日本という国や日本企業に対して海外投資家の見方が変わってきたなと感じています。

株式会社アシックス 代表取締役会長CEO 廣田 康人 氏

廣田 多くの投資家の方々に、アシックスを含めて日本株を買っていただきたいのですが、海外のグローバル企業と比べた場合、日本企業が本当に世界の舞台で戦えているのかという問題意識を持っています。例えば「政策保有株式」には閉鎖的な印象が伴います。本気で世界を舞台にするには、日本企業も変わる努力が必要だと思います。アシックスは株式の持ち合いを完全に解消し、「安定株主」のいない株主構成に移行しました。

小池 対外的に成長や変化を見せていくことはとても大切だと思います。ここ数年のアシックスの株価パフォーマンスには素晴らしいものがあります。ただ、過去10年を振り返ると業績が低迷した時期もありました。廣田さんのアシックス入社は2018年1月で、経営の立て直しが必要な時期と重なります。まずは、アシックスに入られた経緯を教えていただけますか。

廣田 前職の三菱商事で関西支社長を務めていた時、財界活動でアシックスの尾山社長に声をかけられたのがきっかけです。社長をやってみないかと相談され、面白そうだなと感じ、わりと軽い気持ちで受けました。これまでスポーツ関連の仕事をしていたわけではありませんが、50歳を機にランニングを始めた際、スポーツ用品店でアシックスのシューズを薦められ、履いていたので、これも何かの縁だと思います。

小池 外部から見てきたアシックスと、実際に入社して見えてきたアシックスにギャップを感じることもあったのではないかと想像するのですが、当時の様子を聞かせてください。

廣田 業績の停滞は入社前からわかっていたのですが、入社してすぐに結構根深い問題があるなと感じました。一番は製品を作る側と売る側で意思疎通ができていないことでした。販売不振の理由について、作る側は売り方が悪いと言い、売る側は製品の問題だと言うのです。このような縦割り組織の弊害に対する解決策として導入したのがカテゴリー制です。製品を5つのカテゴリーに分けて、カテゴリーのヘッドが製造から販売まで全ての責任を持つ体制に切り替えました。

プロダクト基軸の経営管理体制へ
(出所)株式会社アシックス・中期経営計画の「アクションプラン」策定について より
改革推進には双方向のコミュニケーションが大切
野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

小池 廣田さんは1月に入社し、8月に「アクションプラン」を発表しています。そして、カテゴリー制へと経営管理体制を切り替えました。短期間での構造改革の決定にはかなりの決意が必要だったのではないかと思います。

廣田 もともと2015年に中期経営計画が発表されており、2020年に売上高7,500億円、営業利益率10%以上という野心的な目標数値が掲げられていました。しかし、進捗状況を踏まえ、2018年2月に目標数値は売上高5,000億円、営業利益率7%以上に修正されました。私はその直後の3月に社長に就任し、どのように計画を達成するのかを取締役会で厳しく追求されたので、ドラスティックな改革へ踏み込みやすくなりました。カテゴリー制の導入だけでなく、中華圏事業の経営人材強化、デジタル事業の成長ドライバーへの設定もしました。
2018年には減損処理も行いました。赤字計上には社内から抵抗の声もありましたが、丁寧に議論を進めたつもりです。強い決意に対して最終的には取締役会が背中を押してくれたと言えます。

小池 取締役会や経営会議で改革の意図を共有したとしても、現場の社員の目線を合わせて、組織の行動変容につなげるのはなかなか大変です。改革を推進するために工夫されたことはありますか。

廣田 会社を変革する際のポイントは2つあります。1つは仕組みを変えること。もう1つは社内コミュニケーションのあり方を変えることです。
後者において社長に就任してから2週間に1回のペースで欠かさず続けていたのが社内ブログの発信です。当初は自己紹介として、マラソン大会への出場や、シューズを履いた感想など個人的な話が多かったのですが、徐々に経営上の取組みや思いを発信するようになりました。社員が匿名でコメントを返せる仕組みになっているので、率直な意見も多くいただきました。私がそれにきちんと答えることで、誰でも経営の方針や考え方を知ろうと思えばわかる状態になりました。双方向のコミュニケーションはとても大切です。

強みを活かして世界で戦う

小池 廣田さんはアシックスに入るまでスポーツ関連の業界にいたわけではありません。事業の選択と集中を進める際の判断基準はどうされたのでしょうか。

廣田 カテゴリー制の導入に当たっては、各カテゴリーで利益やコストを“見える化”しました。5つのカテゴリーにはランニング以外の競技スポーツ用のシューズを展開する「コアパフォーマンススポーツ」がありますが、ここは更に細かい小カテゴリーを設け、事業ポートフォリオを徹底的に見直しました。

小池 アシックスのブランド認知度は世界的に高い一方で、ナイキやアディダスといった巨大グローバル企業と伍して戦うには競争優位戦略が必要だと思います。

廣田 業界のジャイアントに挑むには、まずは強みを活かすことが重要です。我々が持つ技術力、匠の力を通じて、安全・安心・快適で、なおかつ記録も出る製品を開発し、ゆるぎない信頼を獲得したいと思っています。それをベースとすれば、世界で戦えるのです。

パフォーマンスランニングで勝つ
(出所)株式会社アシックスより

アシックスはグローバル企業を目指していますが、それは世界“と”戦うのではなく、世界“で”戦うのだと社内で強調しています。地球儀をいろいろな角度から俯瞰すると、様々な地域と成長の可能性が見えてきます。

小池 豊富な成長機会があることは素晴らしいと思います。現状足りない要素や課題については、どのように認識されていますか。

廣田 大きく3つあります。1つめは財務基盤の強化です。我々は健全な財務運営を行っていますが、世界で戦うためには盤石な資金量を確保することが必要です。2つめは、各地の優秀な人材にグローバルで活躍をしてもらう仕組みです。3つめはデジタル・ケイパビリティです。我々のデジタル部門は米国のボストンに、IT部門はオランダのアムステルダムに本拠地を据えていますが、一層の強化が必要です。
製品開発についても、イノベーション創出力にまだ課題を感じています。

小池 デジタル施策に関しては、2020年にランニングエコシステムの構築を打ち出され、単なる直販を越えた顧客接点価値を生み出そうとされています。企業コンセプトもスポーツメーカーから変わっていくのでしょうか。

廣田 そうですね。2020年に公表した「VISION2030」では、将来のありたい姿として、“誰もが一生涯運動・スポーツに関わり心と身体が健康で居続けられる世界の実現へ。”を掲げました。製品のみならず、1対1のコミュニティをデジタルの力で構築したいと考えています。

ブランド体験価値向上:ランニングエコシステムの拡充
(出所)株式会社アシックス・中期経営計画2026より
まだまだやるべきことがたくさんある

小池 従来のスポーツメーカーとは違うのだといった将来像をもっと強くアピールされると投資家の見方も変わり、新たな投資家層の開拓も期待できます。

廣田 富永代表取締役社長COOはIBMやSAPでのキャリアもあり、デジタルに長けた人物なので、大いに期待できると思います。投資家の皆さまから評価を得るためには、ランニングエコシステムをマネタイズしていくことは不可欠だと思っています。

小池 業績に関しては、コロナ禍のダメージを乗り越え、目覚ましい急成長を遂げています。ピンチをチャンスに変えるために注力されたことはあったのですか。

廣田 コロナ禍前に注力した2つの施策が大きな牽引役になりました。1つはECへの取組み強化です。店舗休業期のEC 普及率上昇の流れに乗ることができました。もう1つは、トップアスリート向けの新製品開発です。コロナ禍前、ランニングシューズ市場はナイキの厚底シューズに席巻され、我々がその対抗策として2019年11月に立ち上げたのが「Cプロジェクト」です。「C」は創業者の鬼塚喜八郎が必勝方法に名付けた「頂上作戦」の頭文字です。トップアスリートからのフィードバックを重ねながらコロナ禍期間中に強力な新商品を出せたことで、全世界的な健康志向の高まりによるランニングシューズ市場拡大の追い風を享受できました。

小池 2024年の会社予想営業利益率は14.4%に上方修正されましたが、今後の業績の見通しはいかがでしょうか。

廣田 断定的なことは言えませんが、過去最高益の更新は継続できると思っています。まだまだやるべきことがたくさんあるからです。例えば、人口が多いインドや東南アジアにはこれからスポーツを始める人たちが多く、成長市場です。我々が弱かった米国市場でも復活の機運が高まっています。オニツカタイガーのファッション性も人気を博しています。これらナチュラルグロースに加え、ランニングエコシステムが収益化すればプラスアルファの業績が十二分に期待できます。
アシックスでは毎年、社内向けに標語を掲げています。2021年の箱根駅伝でアシックスのシューズ着用者ゼロという屈辱を味わった翌年は「負けっぱなしで終われるか」。少し調子が上を向いた翌年は「こんなもんじゃない」。そして今年は「脚を止めるな」です。社内の雰囲気からもまだまだいけると感じています。

地域成長戦略:高収益地域「アジア」の成長加速
(出所)株式会社アシックス・中期経営計画2026より
更に時価総額上位を目指す

小池 スポーツ企業としてのカルチャーを感じる力強い標語です。株価水準についても「こんなもんじゃない」といった思いがありますか。

廣田 そうですね。まずは2024年7月に行った持ち合い解消の売り出し価額2,442.5円は常に上回らなければいけません。業績上方修正が評価された高い水準ですが、まだまだ株価の魅力を高められると思います。株価への意識を高めるために社員に株式保有を奨励しています。報酬体系も変えて、資本コストを超えた分の税引き後利益の一部は社員に還元し、部長以上は株式で還元するようにしました。

小池 とても期待しています。資本市場で日本企業が世界の舞台に立つ際に、株価のターゲットと戦略が結び付いていないと指摘する海外投資家は多く、廣田さんのように明快なストラテジーをお持ちの方に先導いただけると日本の株式市場全体にも良い影響が広がりそうです。

廣田 ありがとうございます。2023年に時価増額が1兆円を超えました。1兆円を超えるのは上場企業の4%ほどです。上位4%をマラソン大会で例えれば、サブスリーと呼ぶ3時間を切る記録です。「俺たちサブスリーまで達成したぜ」と社内で鼓舞したところ、今年に入って2兆円を超えることもできました。これは、およそ上位2%と言われている2時間半切りに匹敵します。
投資家と対話をする中で思うのは、トップが会社のビジョンや夢を語ることの大切さです。アシックスを魅力ある会社と捉えていただければ、株式を持つ動機にもなるはずです。事業と同様に資本市場でもフロントランナーになっていきたいと思います。

小池 私たち機関投資家も資産運用立国の実現に向けて、企業と経営課題を共有し、アドバイスやサポートといった対話を一層大切にしていきたいと考えています。何か私たちに対してご意見があれば聞かせていただけますか。

廣田 御社と定期的にお会いすることを楽しみにしています。私が社長になる以前から経年変化を見ていただき、時に厳しいご意見もいただいてきました。自分たちでわかっている課題であっても明示的に指摘されるのは、やはり経営者には効きます。言われたことは忘れずに覚えていますし、経過や結果を報告する場があることで経営改革にもつながると考えています。日本の資本市場を強くする建設的な関係という面でもとても大きな存在です。

小池 こちらも身が引き締まる思いです。本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2024年11月7日)