創業から120周年を迎えた第一生命ホールディングス。2010年には大手生命保険相互会社として初めて、株式会社化し東証に上場した。以来、投資家との対話を重ねながら事業を通じて新たな価値創出に取り組んでいる。飽和状態が指摘される国内の生命保険市場から、いかにして成長を遂げようとしているのか。第一生命ホールディングスの稲垣精二氏と野村アセットマネジメントの小池広靖の両代表が、新たなステージに向けた取組みについて語り合いました。
小池 2021年度から2023年度までの中期経営計画では、CX(お客さまの体験価値)の追求を中核に据えています。キーワードとして挙げられた「CXデザイン戦略」とは、いったいどのようなものですか。
稲垣 保険のあり方は時代とともに変わります。生命保険会社としてお客さまにお届けすべき価値の再定義がスタート地点にありました。私たちの願いは、お客さまにより良い人生を送っていただくことです。経済的な保障だけではなく、資産形成や健康・医療、社会的なつながりといった人生資産とも呼べるものをお客さまが構築するためのアドバイス・サービスを総じてCXと捉え、最良のCXをお客さまにお届けすることに注力しています。こうした取組みを通じて、お客さまから信頼され、選ばれる生命保険会社になることが狙いです。
小池 そうすると、私の知っている日本の生命保険会社の伝統的な営業スタイルから、だいぶ変わっていく印象です。ただ、ライフプランの総合的なコンサルティングといっても、そう簡単な話ではありません。営業職員の方のクオリティアップとともに人材戦略も変えていく必要が生じるのではないでしょうか。
稲垣 おっしゃる通りです。人的資本への投資は2022年度の大きなテーマです。お客さまの目線は常に上がっており、その期待を超えるコンサルティングを提供しないとCXは上がりません。コンサルティングの提供の仕方から整え、それを担う人材の採用基準や給与制度を変えるといった改革を進めています。例えば採用も、以前は全国各地でより多くの人数を確保することに重きを置いていましたが、それを本社主導で採用数をコントロールし、基礎能力や適性を重視する方針に変えました。安心してコンサルティングの提供に専念できるよう、報酬体系もコミッションベースから入社5年間は固定給部分の割合を高くし、給与水準そのものも引き上げました。
小池 営業職員である「生涯設計デザイナー」を長期的に絞り込んでいく方針は、結構大きな戦略の転換に思えます。
稲垣 生涯設計デザイナーによるコンサルティングは、まさに私たちがお客さまに提供する価値そのものです。工場で作られた製品のように、汎用的で目に見えるものではないため、その価値を上げるには、採用についてセレクティブに、また、求めるクオリティを厳格にしていく必要があるのです。定着率も上がってきており、まずは質を追求すれば、量はあとからついてくるものだと思っています。
小池 そもそもCXを軸に営業体制を組み替えていくという考えには、どのような背景があったのでしょうか。
稲垣 特に日本は生命保険市場が成熟していて、ほぼ9割の方が何らかの保障をお持ちです。戦後の復興の時代であれば、セミナーを開き、人生のリスクについて語ったうえで「生命保険いかがですか?」と問いかけることで営業は成立していました。今もライフステージによってリスクがある状況に変わりはありませんが、将来生じる長生きリスクまで十分にご認識いただけていない方がまだまだ多いと思っています。これは私たち保障の提供者側にも責任があります。これからは「生命保険いかがですか?」ではなく、「人生について考えてみませんか?」という問いかけで、未来志向のコンサルティングを通じて保険商品の購入につなげるアプローチに変えるべきだと考えました。
小池 伝統的なスタイルから未来を見据えたコンサルティングへ営業の舵を切るのは、企業カルチャーを大きく変えることにもつながります。日本中に拠点を持ち、37,000名の生涯設計デザイナーがいらっしゃる中で、経営との意思疎通やその浸透において、気を遣っている点はありますか。
稲垣 営業現場での価値観はかなり変わるはずです。全国各地の拠点ごとに地道にミーティングを行い、役員が直接、社員に語りかける場を増やしています。今はウェブの環境も整い、オンライン会議で全国の営業職員とすぐにつながれます。私自身も「せいじのつぶやき」という社内イントラを通じて、日々の思いを社員に発信しています。各職域でも新しい方針への理解を徹底するなど、様々な角度で発信を続け、しっかりコミュニケーションを重ねることが大切だと感じています。
小池 第一生命は、保険ビジネスとデジタルテクノロジーを融合したインステックを、2015年より提唱しています。DXに関して先駆的な印象ですが、今後の展望はいかがですか。
稲垣 コロナ禍を通じて、ECなど非接触での購買行動に対するお客さまの抵抗感は相当下がってきたと感じています。生命保険に関しては、まだまだ躊躇される方が多いのは事実ですが、これからはヒューマンとデジタルとの融合がお客さまとしっかりつながり続ける道であり、コロナがその加速要因になったと感じています。
CXデザイン戦略のデジタル基盤として2021年12月より稼働しているのが「ミラシル」です。お客さまとデジタル空間でのコミュニケーションを図るウェブサイトなのですが、お客さまごとに個人ページをパーソナライズできる設計が特徴です。例えば、小池さまというお客さまのミラシルでは、小池さまを担当する生涯設計デザイナーのブログが組み込まれており、日常的なコミュニケーションが可能です。全国の営業員がこの仕組みへのチャレンジを始めていて、お客さまとのつながり方は過渡期にあります。
小池 私も第一生命グループのQOLead(キュオリード)が提供するスマホアプリ「健康第一」のユーザーです。最近はようやく健康に気を遣い、毎日の歩数などをチェックするようになったのですが、アプリを通じて保険を見つめなおすと、意外と身近な存在であると気付かされます。健康や医療以外にも、保険につながる拡張性を目指すこともできそうです。
稲垣 まさに小池さんがおっしゃる通り、生命保険は非日常的なものと捉えられていますし、保障のあり方が変わるライフイベントも、人生においてそれほど多くありません。常時、お客さまとつながるというのは、なかなか難しい業態なのです。つながりを保つためには、冒頭でお示ししたお客さまにお届けしたい資産形成や健康増進、社会との絆といった価値を、関心事として提供することが大切です。例えば、地域のコミュニティにお客さまをお誘いするといった活動もその1つで、日常的な寄り添い方を、ヒューマンとデジタルの両面で続けていきたいと思います。
小池 生命保険会社の存在意義が変わってきている局面にあると一層、実感できました。
稲垣 私たちも最近は、単に生命保険を販売する担い手の立場をいかにして乗り越えていくべきかという議論を社内で重ねています。グループのビジョンも「Protect and improve the well-being of all」と、お客さまの幸せ(ウェルビーイング)を守り、お支えする存在になることを据えています。
小池 なんだか、とても楽しみに感じています。
稲垣 ありがとうございます。やらなくてはいけないことがたくさんあります。
小池 海外の保険事業についてお聞きします。2010年の上場以来、積極的に海外展開を進め、現在、海外8カ国で事業を展開しています。得てしてM&Aは、クロージングしてもなかなか事業としてうまくいかないとか、シナジーが生じていないといったケースが目立ちますが、第一生命グループの場合は、だいぶうまくいっているように思えます。成功の秘訣や注視したことはありますか。
稲垣 生命保険事業は、各国の社会保障制度との関係性が強く、事業のあり方は、その国々において様々です。日本でやっていることを押し付けることは一切しないと、海外展開を始めた頃から思っていました。私の前任の渡邉が、社内でよく、海外のグループ会社のCEOに話していた言葉が、Respecting each other(相互にリスペクトする)、Learning from each other(相互に学ぶ)、Growing together(ともに成長する)です。持株会社化した際に、傘下となる第一生命と海外の保険会社を等しく横位置に据えたところに、私たちの意思が込められています。
小池 互いのリスペクトはとても理解できるのですが、せっかく、資本を投下して同じグループになったわけですから、事業利益や配当以上にシナジーを求めることが大切です。
稲垣 ミドルバックオフィスの統合などを検討した時期はあったのですが、販売している商品群も違っていてなかなか難しいと感じました。そこで、私たちは戦略シナジーとして、各国の事業をしっかり理解して、ベストプラクティスを輸入することを始めました。そのためには緊密なコミュニケーションが不可欠で、全グループ会社のCEOで3カ月に1回、ウェブ上に集い、好事例を中心に情報交換を進めています。例えば、米国のプロテクティブがやっている代理店戦略を、第一生命で真似てみるといった展開ができそうです。
小池 2022年8月にニュージーランドのパートナーズライフ社の買収を公表されました。保険の市場としてはそれほど大きいわけではないと思いますが、どういった意義があるのでしょうか。
稲垣 これまでグループに加わった海外の保険会社は伝統的な企業が多いのですが、パートナーズライフ社は創業10年余りの新しい会社です。それでも、短期間で同国のマーケットシェア2位にまで上り詰めたとあって、商品の特徴や経営のスピードで、私たちにない強みを持ち合わせています。こうした経営手法を全グループが学ぶ機会となるシナジーを期待しています。
小池 海外事業の利益は、グループ全体の3割程度まで比率が増えています。地政学リスクを含め、さまざまな保険リスクをポートフォリオとして持つことになると思います。グローバル展開を進めるうえで、稲垣さんがチャレンジだと感じていることはありますか。
稲垣 長期でのマクロ経済の推移に左右される面があるのが保険事業です。年度初めの社内向けのプレゼンテーションで、人口ピラミッドの将来推移を紹介しました。ご承知のとおり日本がつぼ型に推移していく一方、インドや東南アジアでは、今後も健全な形で推移していく見込みです。そういった意味でも、引き続き海外市場を取り込むことは大切で、利益水準で半分くらいまで海外事業のシェアを高めたいと思います。
生命保険が長期にわたるお客さまとの関係を築く商品である以上、進出国のカントリーリスクについては、もちろん注意が欠かせません。実際、ミャンマーでは私たちが想定していなかったクーデターが発生し、とても心配をしています。ただ、私たちのビジネスは政府とつながるというよりは、国民とつながるものであり、リスク管理をしながらも引き続き、挑戦を続けていきたいと思います。
小池 海外でのグロースを確実に手に入れながら、成熟した日本市場ではCXとDXで変貌を遂げようとしている姿勢はよく分かりました。そうは言いましても、第一生命単体の保険料収入は減少傾向にあり、ビジネスの収益性や成長余力に疑問を感じる投資家の姿が、株価水準からはうかがえます。
稲垣 そこがおそらく投資家の皆さんも、大丈夫かなと感じられている点だと思います。確かに日本は成熟した国ですので、新興国のような二桁成長は想定しづらいです。それでも保障マーケットで差別化を図り、シェアは追求していきたいと思っています。
もう1つ、大きな収益の柱となり得るのは資産運用ビジネスです。第一フロンティア生命という銀行窓販中心の保険会社を作りましたが、このところの金利の回復で、今期はとても好調です。日本という国は、長寿化が進みながらも低金利であるため、資産が枯渇してしまうリスクの高まりが社会的課題だと思っています。保障面についてはだいぶ普及していますが、お客さまの家計のポートフォリオ全体の改善はまだまだ十分ではないでしょう。2022年8月には、資産形成や資産承継での商品開発の強化に向けて、バーテックス・インベストメント・ソリューションズという資産運用会社を設立しました。まだまだ、伸びしろはあり、資産運用ビジネスでの成長も併せて追求していきます。
小池 2020年度末に、株主への還元方針を変更されています。グローバルな企業への移行を踏まえて、相対的な評価軸や展望はお持ちでしょうか。
稲垣 株主還元については、この数年間、投資家やアナリストの皆さんとの対話を繰り返し、私たちの考えていることについてだいぶコミュニケーションが進んだと思っています。新たに資本を投下する場合、必ずその資本コストを上回る投資となるように厳選しています。そういった投資機会がなければ、余剰資本は株主にお返ししています。これを規律正しくやっていく方針です。こうした規律にご信任をいただければ、コミュニケーションも図られ、見合った企業価値への評価をしていただけるのではと考えています。
小池 2010年に上場された際、私は主幹事である野村證券の担当として、いかにして企業価値を推定するマルチプルを上げていくのか、皆さんと議論してきました。かなり計画通りに成長されていると思うのですが、株価がなかなか改善しないのは、日本の保険事業に対する海外の投資家からのネガティブな見方なのか、それともそれを乗り越えるための強烈な成長ストーリーが必要なのか、どちらなのだろうかと個人的には思いを巡らせています。
稲垣 私たちは日本の金融機関というユニバースから、グローバルな保険会社というユニバースに入って評価されることを望んでいます。そのために、ガバナンス体制は強化する。そして国内事業は差別化を通じて魅力を高める。その2つを追求すれば、必ずやご評価いただけると思っています。
小池 第一生命グループは機関投資家として、いろいろな活動を展開されています。COP26で立ち上がったGFANZ(ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟)のプリンシパルグループメンバーに、アジアで最初に稲垣さんが加わったのは業界でも話題です。
稲垣 気候変動対策や脱炭素への移行は、産業の大きな変革期だと思っています。長い時間軸でアップサイドを取りにいける主体として、投資家へのサポートやエンゲージメントに取り組みたいと思います。もう1つ、大事にしたいのは地球規模での視点です。カーボンニュートラルを実現するためには、資金が不足する国々への支援も大切です。必要なところにしっかりと資金を供給していくことは、グループで60兆円を超える資産を有する機関投資家としての存在意義にもつながります。GFANZでの議論を通じて、お金がしっかりと回る枠組みづくりに貢献していきます。
小池 私たち野村アセットマネジメントも日本の機関投資家として、日本株をしっかり盛り上げるよう一生懸命に情報発信していきたいと信念を持って臨んでいます。それでも海外の投資家からはまだまだエンゲージメントが弱いと思われがちです。上場会社として私たちに対して期待する点などはありますか。
稲垣 こうした対話はとても刺激になりますし、アナリストや投資家の皆さんとのエンゲージメントは、私たちが株式会社として上場した大きなメリットの1つです。色々な気付きや叱咤激励を与えていただき、ポジティブな関係が結果として日本の企業を育ててくれると思います。もちろん、真剣勝負ですので、厳しいことも言っていただきたいですし、私たちも企業として主張すべきところは主張するといった関係が重要かと思います。野村アセットマネジメントはリーディングカンパニーであり、CEOである小池さん自身が先陣を切って役目を果たされているのは素晴らしいと感じています。
小池 上場以来、大きな変化を目の当たりにして、今後の成長もすごく楽しみに感じました。今回は大変貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2022年12月2日)