広告ビジネスを祖業に120年余りの歴史を持つ電通グループ。約145の国・地域でビジネスを展開する同社は今、事業ドメインの再定義を含めて大きな変革を推し進めている。従来の広告会社という形態からマーケティング、コンサルティング、テクノロジーが融合した事業体へと進化を図る成長戦略を巡り、電通グループを統括する五十嵐博氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が2023年7月31日に語り合いました。
小池 電通グループは近年、政策保有株式の縮減や指名委員会等設置会社への移行など、ガバナンス面での体制整備を着実に実行してきたと理解しています。まずはこれまでの取組みについてお聞きできますでしょうか。
五十嵐 当社は2020年に純粋持株会社体制へ移行し、それを契機にガバナンス強化に取り組んできました。指名委員会等設置会社への移行、執行と監督の分離、取締役会議長への非業務執行取締役の就任、取締役会の社外取締役過半数化、チーフ・ガバナンス・オフィサーやチーフ・カルチャー・オフィサーの任命、米国人の法務責任者の任命などが代表例としてあげられます。もっとも、現在が完成形という訳ではなく、引き続き国内外で認められるガバナンス体制構築を推し進めていく方針です。
小池 こうした一連の取組みの一方で、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会におけるテストイベント計画立案等業務委託契約等の受注に関し、法人として起訴されました(注:国内子会社の従業員1名が独占禁止法違反の疑いで起訴され、同法の両罰規定により2018年当時に株式会社電通であった現在の株式会社電通グループが法人として起訴)。言及されたような各種ハード面の整備に対し、企業カルチャーに代表されるソフト面に関しては課題が残っていたのではとの見方も存在します。本件を踏まえ、今後のガバナンス強化についてCEOとしてどのようにお考えでしょうか。
五十嵐 まずは当該事案に関し、皆様にご心配とご迷惑をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。本件に関しては、自分が委員長を務める「dentsu Japan改革委員会」が中心となり、企業カルチャー含めグループ全体の「意識行動改革」を推進していく方針です。グループとして再発防止に尽力すると共に、何よりインテグリティ(誠実さ)が最優先される組織風土の定着を目指し、信頼回復に努めていく姿勢でおります。
もっとも、社内のカルチャーや社員の仕事に対する意識は長年に渡る歴史の中で培われたものであり、簡単に変えられるものではないとも覚悟しています。その実現には、人事制度の見直し、リーダー人材に求められる人物像の再定義など多層的な取組みが必要と考えています。目下dentsu Japanにも新設したチーフ・カルチャー・オフィサーが中心となり社員との対話を推し進めているのもその一環です。
小池 御社の取締役スキルマトリックスを拝見すると、監査領域に強い方は多い反面、法務/コンプライアンス分野に長けた方が少ないようにお見受けします。社会に強い影響力を誇る企業であるが故にリスクを牽制するための機能整備、スキルマトリックス強化についてはどのようにお考えでしょうか。
五十嵐 もっともなご指摘だと思います。当社としても監査、ビジネス、コンプライアンスのバランスを最適化する重要性を強く認識しております。検察官出身の弁護士1名に加えて、2023年に新たに迎えた社外取締役は監査法人の出身の公認会計士ですが、自組織のグローバルなコンプライアンスにマネジメントとして長年携わってきた経歴の持ち主です。同氏からも様々な助言を受けながらコンプライアンス視点の強化につなげていきたいと考えております。
小池 話題をビジネスに向けさせて下さい。昨今のテクノロジーの進化は目覚ましく、人々が情報を得る手段もマスメディアからインターネット領域へ移っております。メディアやコミュニケーションに関する産業構造が変貌する中、競争優位性の維持・強化に向けて、どのような取組みを推し進めるお考えでしょうか。
五十嵐 一般的に私たちは広告会社として認識されていますが、実態は劇的に変わっています。例えば、国内外でのピッチ(注:事業者選定のための提案)における競争相手はコンサルティング会社やテックカンパニーへ広がっています。また、有力なパートナー企業との戦略的アライアンスが、ピッチ上の勝敗やクライアントからの発注内容に影響を及ぼすほど重要になっています。こうした中で私たちが推し進めているのが、マーケティングとテクノロジー、そしてコンサルティングが融合した領域への進出です。
小池 それはマスメディアから事業ドメインが変わってきているということでしょうか。
五十嵐 テレビをはじめとしたマスメディア領域が一定のポーションを担う点は変わりません。ただし、それだけでは顧客企業のニーズに応えられなくなっているのも事実です。マーケティング投資の効果検証に対する目も厳格化しており、データ、テクノロジー、アナリティクスなどで構成されるマーケティング基盤全体での対応力が一段と求められているといえるでしょう。クライアントの効率性向上といった課題解決に貢献するのはもちろん、顧客企業の成長にコミットするパートナーであり続けることを目指しています。
小池 御社のビジネスが広告会社という枠組みから変容している点はよく理解できました。それでは現在の電通グループはどういったカテゴリーに属する企業として捉えるべきでしょうか。
五十嵐 〇〇業というように1つの枠組みに当てはめることは難しいと思っています。大まかにはマーケティングカンパニーと呼べるかもしれませんが、フィットしない部分が残ります。一言では難しいですが、クライアントのあらゆるマーケティング活動にコミットするマーケティング、コンサルティング、テクノロジーの融合した事業体へ向かう会社といった表現になるでしょうか。
小池 御社の開示資料などを拝見すると、CT&T(カスタマートランスフォーメーション&テクノロジー)※1やIGS(インテグレーテッド・グロース・ソリューション)※2といった形で成長戦略や成長領域が表現されています。こうした概念への理解は深まりましたが、投資家の目線ではもう少し数値的に落とし込んだ実績を確認したいところです。クライアントへ提供するサービスがどのように進化し、BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)に反映されているのか。定量的なブレークダウンが進みビジネスの解像度が高まるのであれば、投資家の判断材料が広がると同時に、投資対象としての魅力向上にもつながるのではないかと感じております。
五十嵐 投資家とのミーティングの中で指摘されるポイントです。「CT&T領域強化の方向性は理解したが、その中身が見え難い」といった声に対し、説明責任を果たさねばならないと考えております。
クライアントが抱える事業課題の抽出をコンサルティングし、データと分析に基づいたソリューションで解決していく。そして出口としてのマーケティングの実行。マーケティングの視点で顧客企業の行動変容にエンド・トゥ・エンドで関与できる点が当社の特徴であり強みだと自負しております。
一方でクライアントの成長に資する価値創出は多岐に渡ります。日本ではこれをAX(アドバタイジング・トランスフォーメーション)、BX(ビジネス・トランスフォーメーション)、CX(カスタマー・エクスペリエンス・トランスフォーメーション)、DX(デジタル・トランスフォーメーション)という4領域に分けておりますが、重視しているのは領域を横断した連鎖と連携によって顧客企業のビジネスに変革と成長のサイクルをもたらすこと、そしてAX~DXのいずれかを起点にそれ以外の領域へレバレッジを効かせて広げていくことです。これに関しては特定の型のようなものがある訳ではなく、説明がかなり難しくなります。
考えられる指標として、ピッチでの勝率、案件のパイプラインなどが挙げられるでしょうか。また、キーとなるクライアントを取り上げ、そのクライアントとの関係がどのように発展しているかを解析することがCT&TやIGSの成果分析になり得ると思います。
小池 M&Aについてもお聞きしたいと思います。御社は2013年に英イージス社、2016年に米マークル社を買収し、グローバル市場やデジタル領域での競争力を強化してきました。直近でも英タグ社を買収するなどM&Aを重要な成長戦略と位置付けています。これまでのM&Aを振り返りつつ、今後の戦略や方向性をお伺いできますか。
五十嵐 言及して頂いたイージスやマークルの買収は、当社におけるグローバルネットワークの強化とマーケティング変革へのコミットメントに大きな前進をもたらしました。これら象徴的なM&Aは概ね想定通りの進捗を遂げていると捉えています。
一方、全てのM&Aが上手くいった訳ではありません。こうした経験を踏まえ、特に近年は買収後の統合プロセスの中で事前の想定と乖離していないか、十分なシナジーを創出できているかなどを従来以上に注視し、改善につなげることを繰り返しています。また、買収価格の高騰を鑑み、本当に当社にとって必要なアセットかを冷静に見極め、十分な経済的リターンに結び付けることを強く心掛けております。
小池 電通グループというと日本国内でのイメージが強いですが、既に全社売上総利益の約60%は海外から生み出されており、グローバル企業としての様相を強めています。ビジネス形態の変化に加え、日本から海外へという地理的な拡大を鑑みると、既存の枠組みとは異なる企業がM&Aの対象となる機会も増えると思われます。こうした多様な組織・人材をマネジメントする上での課題や取組みについてもお聞かせください。
五十嵐 正確な情報を迅速に把握するための仕組みづくりが大切であり、それには意思決定が簡素化された組織体制とダイバーシティの担保という両面が必要と考えます。当社は2023年より「グループ・マネジメント・チーム」による経営体制へ移行しましたが、各幹部が説明責任を果たしつつ、互いをリスペクトできるようなオープンな体制づくりを意識しました。当社は業界内でユニークな存在と自負しておりますが、そのユニークさが競争力に結び付くよう、日本と海外が持つそれぞれの良さの融合を推し進めていきたいと考えています。
小池 最後に社会との関わりについてお聞きしたいと思います。御社は顧客企業の事業課題に加え、その先にある社会課題にまで向き合う「B2B2S(Business to Business to Society)」という経営モデルを提唱されています。資産運用の世界でも、社会課題解決と投資リターンの両立を目指すインパクト投資への注目が高まっており、たいへん共感できる概念です。このモデルが目指すゴールや込められた思いをお聞かせください。
五十嵐 B2B2Sは2022年1月に私がグループのCEOに就任した際、全社員に発信したメッセージでもあります。我々はB2Bのサービスを手掛けていますが、顧客企業は事業課題として社会課題の解決にも取り組んでいます。すなわち、クライアントの課題解決は社会課題の解決と同義であるとの発想です。環境問題に代表される様々な社会課題への対応は我々のような企業市民にとって重要であり、こうしたテーマに向き合っていく必要性はコロナ禍を経て一層強まったと感じております。
これは「『人起点の変革』の最前線に立ち、社会にポジティブな動力を生み出す。」という当社のビジョンとも関係します。変革をリードするのは人であり、グループ内の多様なケイパビリティを統合する一方、同じ志を持つクライアントと一体になって取り組むことにより、社会に大きなインパクトを生み出すことを目指したいと考えております。
小池 日本を代表するグローバル企業として、今後の更なる成長と企業価値向上に期待しております。本日は多岐に渡るお話をありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年9月27日)