光ファイバや電線などを事業領域に社会インフラの発展を支えてきた古河電気工業グループが、未来への“勝ち残り”を意識した企業変革を進めている。2030年からのバックキャスティングを基に成長事業を見定め、ROIC(投下資本利益率)を重視した筋肉質な経営体質へと変革を図る。「ビジョン2030」の実現に向けた取組みについて、古河電気工業株式会社の小林敬一氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。
小池 古河電気工業はこの10年間、堅実な経営を続け、株主資本が1.9倍程度に拡大しました。ただ、株価はそれらを十分に反映しているとは評価しづらく、投資家には投資効率や資本効率を現状以上に高めてほしいとの期待感があるように思います。私たちもROICの向上がカギであると考えています。小林社長は中期経営計画(Road to Vision2030、2022-25年までの通称25中計)において、「資本効率重視による既存事業の収益最大化」を目標として掲げられており、ROICによる事業評価を強く推し進めています。現状の取組みについて聞かせてください。
小林 古河電気工業は138年(創業年数は2022年対談時点)の歴史の中で、電力や通信、鉄道など国のインフラを整備する顧客との付き合いが長く、ニーズに応えていれば利益が生まれるビジネスモデルを確立しており、損益ベースで考える習慣が染み付いていました。前中計においては商圏(売上)の拡大に対する手詰まり感もありました。国内と海外の営業部隊の足並みが揃わない。製品のライフサイクルを見誤り、ピークアウト後も工場の稼働ばかりに思考が向き、結果利益が上がらない。私もそのような状況に忸怩たる思いを持っていました。
2017年、社長に就任して以来、損益ベースではなくROICベースへの転換を図りたいと考えていました。
しかしながら、ROIC経営によって生じる縮小均衡を乗り越えるだけの体力がまだないと考え、まずは赤字事業の立て直し、製品ポートフォリオの組換えに着手しました。稼働のための生産をやめ、高付加価値シフトにより利益を計上しました。
そしてビジョン作りにも取り組みました。古河のDNAである“従業員・お客様・新技術を大切にせよ” “社会に役立つことをせよ” をベースに、2030年を想定し、古河電工がどういった側面で社会課題の解決になくてはならない会社であるべきかを考えました。それが「ビジョン2030」です。そして、ROIC経営の体制が整った2022年を元年ととらえ本当に自分たちがやりたい中計を発表しました。
小池 私たちはROIC向上に向けた事業別の分母・分子双方の戦略に注目しています。具体策、現時点での手応えについてお聞かせください。
小林 ROICの分子に当たる営業利益と、分母に当たる自己資本の両面での取組みです。
営業利益は、「ビジョン2030」で定めた4つの事業領域(情報、エネルギー、モビリティ、新領域)における社会課題の解決を目的とした関連事業の確立と強化が基本軸です。2025年に向けた中計は2030年からのバックキャスティング(未来から現在の課題を考えるアプローチ)という意味で大変重要です。
具体的には三つの稼ぐ力の強化です。まずは価格交渉力の強化です。そして、商権・商圏拡大への取組みです。1985年以降売上が伸びず手詰まり感がありましたが、これを払しょくするため、既存製品を既存顧客に売るだけでなく、新規顧客の獲得に向けて大幅な営業組織改編を実施しました。加えて原価低減力をさらに強化していきます。
そして、カーボンニュートラルを意識した新事業の拡大を図っていきます。
自己資本の面では、これまでは棚卸資産を持ちつつお客様のジャストインタイムを進めてきましたが、結果として物流費や倉庫費を十分に転嫁することができませんでした。今後は顧客の在庫や操業度を確認しながら、売掛債権の早期回収を図っていきます。自分たちの資産を効率よく回して利益につなげる発想が大切です。
私たちの事業セグメントは4つですが、社内管理上は28の事業に細かく分けて、個々の事業がどのように利益を生み出しているかをしっかりフォローすることにしました。新たに経営管理部を設置し、28事業区分ごとにWACC(加重平均資本コスト)を設定し、スプレッド1%以上のROICの目標を立てました。経営会議では、ROICスプレッドや年成長率のマッピングをベースに、拡大成長から戦略的再構築までのいくつかのクラスに位置づけし、投資配分を変えています。FVA(投下資本付加価値額)やROICを用いて客観的に事業ポートフォリオの評価ができるようになりました。
小池 プロセスについてはとても納得できる内容ですが、事業数28は、事業戦略を集中させていこうという方向感からは少し多いとの印象を持ちます。ポートフォリオが分散しすぎると、強みが出にくい側面があるのではないでしょうか。
小林 おっしゃる通りです。今回の中計は、何を伸ばすかという発想以外に、何をやめるかという点も重視しています。私自身、携わった事業から撤退したのは、それが会社や顧客のためになると考えたからです。2022年には東京特殊電線㈱を売却しました。映像系ケーブル事業の売上や利益は好調で成長させたいとの思いはありましたが、将来の私たちの方針から考えると我々がベストオーナーではないと判断したからです。事業からの撤退に対しては、皆の心が一つにならないときれいに実行できません。
小池 評価プロセスは、だいぶ浸透しつつあるのでしょうか。企業カルチャー変革への取組みについても教えてください。
小林 経営メンバーや各セグメントの代表者は腹落ちしており、工場長や部長クラスまではようやく意識するようになっています。各製造部門のメンバーまでがマインドを変えるにはまだ時間を要しますが、着実に浸透しつつあります。重要なのは人材や組織に対するマインドセットです。かつて古河電工の社員は“個や結果”が重視されてきましたが、現在は“チームで徹底してやりきる”執念が求められます。
そこで、まずは上司の思考を変えることから始めました。こうした動きを体系化させたのが上司の心得七則「フルカワセブン」です。また部・課長以上の2,000名強をメンバーにSNS的なアプリをつくり、そこで成果や支援を展開しています。
小池 資本効率を重視し、ガバナンスもしっかりしている日本企業が株式市場で評価されないのはなぜかとよく考えます。正解を持っているわけではありませんが、トップラインが伸びていないため成長がイメージできない面はあると思っています。古河電工は過去20年、売上が一定のレンジの中で動いています。価格競争力を高め、トップラインを伸ばすには、どのような差別化を図るべきだと考えていますか。
小林 付加価値に対する評価を手掛かりに、事業ポートフォリオをさらに組み替えていくことです。私たちがターゲットとしている社会課題を解決するための製品群は見えてきています。
例えば、再生可能エネルギーでは、洋上風力用の電力ケーブルがあります。洋上風力では船上でのジョイントが難しく、その部分にトラブルが発生しやすいため、ジョイント不要なケーブルの需要があります。
風車から海岸線までの距離が30㎞程度あるので、それを視野に超高圧の電力ケーブルを7千トン巻けるターンテーブルを作ればその距離に対応できることが分かり、その設備を含めた投資を進めています。一方で、日本の電力網は50年を超える設備が多くその更新需要がありますが、利益率が一定レベルに達しないものは参入しない考えです。Beyond 5G社会の実現に向けては、「同時実現」というキーワードからバックキャストで考えると、多くの事業機会があると思っています。超大量のデータを低遅延で送るための情報インフラは整備されていますが、課題も多いのです。eスポーツの世界では、公平に競技するため、あえて0.8秒遅延の環境にしているほどです。今後、自動運転や遠隔医療といったミッションクリティカルな分野を普及させるためには必要条件です。
この同時実現に欠かせない部材として光ファイバ・ケーブルには力を注いでいます。特に世界最高水準のコア密度を誇る極細のローラブルリボンケーブルは、同じ規格のドラムに1.6倍巻けるために高い作業効率を実現できます。単に製造だけでなく、研究開発やマーケティングに力を入れてサプライチェーン全体を抱え込むことで、いわゆる“スマイルカーブ”を丸取りできる作戦を組み立てています。
小池 2025年の目標として「環境調和製品売上高比率70%」「温室効果ガス排出量削減率(Scope1,2)28%」や従業員エンゲージメントスコアといった各種リスク管理の強化等が盛り込まれました。カーボンニュートラルを含めたサステナビリティ活動にも積極的で、既存事業の収益向上や新規事業の開発、環境と社会への配慮等が多面的に織り込まれた計画だと考えています。これらの要素がどのように統合され企業価値向上に繋がっていくのか興味があります。
小林 カーボンニュートラルの基本的な考え方は、“自社のみならず社会のCO2を出さない”、“減らすこと”、“排出されたCO2を溜める”、“変えること”が軸です。古河電工グループの再生可能エネルギー使用率は国内で17%、グローバルで10%を超える水準です。こうした温暖化対策のみならず循環型社会に寄与することがビジネス機会にもつながると考えています。
その一例が電解銅箔です。電解銅箔はEV用の電池やエレクトロニクス系の基板に用いられる大変重要な素材ですが、製造原価に占める電気代の比率は高く炭素効率性はよくありません。そこで私たちは電解銅箔を100%リサイクル銅でつくることや、電力はすべて再生可能エネルギー由来にし、製造工場にも太陽光パネルを設置することで、オールカーボンニュートラルとしたのです。つまり、古河電工の銅箔を買えば、顧客のScope3はゼロになる状況をつくったわけです。米国に通じる国際規格のUL2809も短期間で取得することができました。
また、私たちは独自の触媒技術を使い、メタンからグリーンLPガスを合成させることができます。知財戦略としてビジネス特許も取得しています。2022年に栃木県で開催された国体では、地元の牛のふん尿由来のLPガスを活用し、私たちが目指す“地産地承”(地域の資源や文化を次世代に承継すること)につなげています。
人材マネジメントもピープルビジョンを設定するだけではなく、人間関係を良くすることによって社員の思考や行動が変わり、その結果として質の変化を促していくことだと思います。例えば、私が社長になってから6年ほど経ちますが、総合災害件数が6割減少しました。これは、管理職を中心に安全に対する対話を重ね、自らが体験し、標準化まで行きついたリスキリングの好事例だと思います。
小池 いろいろな経営課題に高い意識で取り組まれている様子が分かりました。最後にあえて、2018年をピークに下降トレンドにある株価についての考えをお聞きしたいです。
小林 「ビジョン2030」を策定後、研究開発費や人的資本の拡充のために投資をしてきました。償却費を超える設備投資を行っていることについてはご批判もいただいています。しかし、これは2030年に経営の中核を担うメンバーでつくったビジョン実現のためであることをご理解ください。ロードマップに即してマイルストーンを歩むことは彼らの自信になるし、古河電工の成長にも絶対につながると思います。経営陣の信念を感じていただければと思います。
やることをやっているのであれば、あとは結果を出すだけだと社員には伝えています。あわせて、“今の株価を悔しいと思ってくれ。だけど、正しく評価されていないと思うな”とも話します。ROEが10%を超え、PBRが1を超える状況を自分たちでつくることによって、投資家にも評価してもらえるものと考えています。
小池 本日は大変貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年2月22日)