少子高齢化や消費の多様化など厳しい消費環境に直面する百貨店業界で、三越伊勢丹ホールディングスはどのように成長を遂げようとしているのか。コロナ禍を経て旗艦店である伊勢丹新宿本店は過去最高益をうかがう勢い。足元で進めてきた変革とその展望について、株式会社三越伊勢丹ホールディングスの細谷敏幸氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。
小池 日本の百貨店業界には長らく「衰退産業」のイメージが根強く残っていました。しかし、三越伊勢丹グループは旗艦店を中心に収益性を改善させ、新たな成長の兆しを見せています。私たちも百貨店を一括りで語ることはできないと認識させられました。百貨店のあり方や時代の変化について、どのように捉えていますか。
細谷 旧来型の百貨店のビジネスモデルはもう限界だと考えています。まずそこが出発点です。旧来型の百貨店モデルでは、店舗をきれいな状態に保ち、いつお客様がいらしても大丈夫にしておき、毎週のように宣伝を打ち、店舗にお客様を集めることまでが仕事でした。あとはそれぞれのエリアでゾーンディフェンスを敷いて、お客様に何かしら商品をお買い求めいただくのを待つだけです。
このやり方が機能していたのは、競争相手が少なく、モノの力だけでお客様を呼べた時代です。個人消費総額がほぼ一定の下、ショッピングセンター・コンビニ・カテゴリーキラー・アウトレット・ECと小売りチャネルが広がり、パイを取り合う時代では機能しなくなりました。
百貨店売上げのピークは1997年で9兆7,000億円程ありましたが、最近は5兆円を切る水準です。ビジネスモデルを転換できず、他業態との競合に負けてしまったという構図です。多くの人々が抱く百貨店のイメージは、“ショッピングセンターの上質版”といった感じだと思います。これは売り方ではなく見え方の話です。売り方において、どのようなビジネスモデルに変えていくかがポイントです。
小池 細谷さんは、岩田屋三越の経営改革という成功経験をお持ちです。その知見を三越伊勢丹に展開しているそうですが、岩田屋三越はどのように改革されたのか伺えますか。
細谷 福岡を拠点とする岩田屋の再生に私が乗り出したのは2018年からです。岩田屋は2002年に経営破綻し、伊勢丹の下で再建を進めてきましたが赤字続きでした。インバウンド需要のおかげでなんとか黒字転換しましたが、売上1,000億円、営業利益5億円で、少しでも減収になると赤字転落する状況でした。幹部は「減らせる経費は全て減らした」と主張していましたが、経費構造を顧客属性別に見ると、粗利額の多い富裕層向けに使っている費用が少なく、粗利額の少ないボリューム層の集客に経費を多く使っていることが判明しました。この経費の配分を見直すことにしました。富裕層には高感度で上質な消費体験をしていただけるように外商やバイヤーを1.5倍に増やし、売り場も希少性のあるブランドや他にはない品揃え、店構えに変更しました。ボリューム層に過剰に使っていた経費は抑制し、営業利益率3%を狙える体質へ改善しました。富裕層の消費は外部環境の影響を受けにくいので、収益の安定性も向上しました。
小池 経営トップが新たな方針を打ち出しても、現場に変化を起こさせるのは簡単ではないと思います。個々人の意識が変わり、必要なスキルが身に付き、組織の壁を超えたコワークが自律的に機能するには様々な仕掛けや試行錯誤の時間が必要だと思います。現場の人たちが変革の必要性を理解し、モチベーションが高まるように工夫した取組みを教えてください。
細谷 岩田屋三越では、まずはコミュニケーションの仕組みを変えました。数名の役員だけで議論していた経営会議を20名強の部長全員が参加する形とし、週に一度、朝から晩まで戦略を議論し、その場で意思決定をするようにしました。部長の下にいる約300人のマネージャー職とは個別に話をする機会を持ち、私が考える戦略と顧客マトリクスを示し、自身が取り組めそうなカテゴリーを選んでもらいました。私は当初幾つか選んでもらえればいいと考えていましたが、多くの方が全部やりたいと言ってくれました。岩田屋三越全体にこの動きが伝播し、できる施策が増えていきました。わずか半期で過去最高益を更新すると、新戦略への信頼が上がり、その方向の議論が活発化するという好循環が生まれました。
店舗でお客様を待つのではなく、継続的にお客様が何を必要としているのかを聞きに行くスタンスに変えていくようにしました。私たちは外商セールスを通じて高感度で上質な消費を志向されるお客様のニーズを知ることができ、独自性や希少性のある体験を提供することができます。このような体験は誰もが一生に何度かは望むものであり、この提供力を磨くことが百貨店の新たなビジネスモデルです。ありふれたモノを提供する百貨店になったら先行きは厳しいでしょう。
小池 お客様とのリレーションシップを高めるために、具体的に取り組まれたことは何でしょうか。
細谷 外商強化です。外商は日本独特のユニークな取引形態で、お客様と直接つながっている点が魅力です。私たちは呉服店系百貨店ですが、呉服は掛け売りが基本だったこともあり、もともと外商が強いことが特徴でした。一方、お客様が高年齢化していくと消費額も縮小していくことが課題でした。そこで導入したのが、外商セールスと商品バイヤーとの連携です。従来外商セールスは一人でお客様に対応していたのですが、外商セールスと各部門のバイヤーを融合したチーム対応にしたのです。これによりお客様の要望に対する提案力が飛躍的に向上しました。
例えば、岩田屋の外商において娘さんからお父様の還暦祝いのプレゼントについて相談されたことがありました。還暦祝いといえば赤い箱のバカラのクリスタルを提案するのがお決まりでしたが、新たなチームから20くらいの独自の商品案が出てきて、それをお客様に提案するととても感動されたそうです。結局プレゼントにはジバンシィのバックパックが選ばれたのですが、提案の中にあった椅子にも関心を示され、後日高額なガーデンチェアの購入に結び付きました。こうした結果、岩田屋の外商の売上は1.5倍になりました。
同じことを東京でも実践しています。東京では更にAIなどのITも活用し、コロナ前では約1,400億円だった外商売上が2,000億円超えの勢いです。この増収額は百貨店1店舗に相当します。外商には革命が起きたと感じています。単に外商セールスの人数を増やすのではなく、お客様の話から潜在的な要望を引き出し、体験価値の高いソリューションを提案することで、新しい需要獲得につながっています。今私たちは枠にとらわれず、あらゆるものを提案するようにしています。キャンピングカーから有名デザイナーがコーディネートする庭まで販売しています。お客様目線でキュレーション(商品・レイアウトの編集)できるのはプロ集団である百貨店の強みです。
小池 小売業というよりもソリューション事業ですね。まだ旧来型の固定観念も根強く残っているとは思いますが、若い人のクリエイティビティを引き出す工夫はありますか。そしてそれは御社の強みとどう関係していますか。
細谷 売り手としてではなく、お客様側に立つことがクリエイティビティの発揮につながると考えています。バイヤーに高感度で上質な提案を競わせる仕組みも作りました。みんな目の色が変わり、生き生きとしてきます。
私たちの持つ圧倒的な強みは、顧客の質と量だと思っています。我々の顧客層は自分を高めたいと考えるマインドや感性を併せ持ち、イノベーター的な要素を持ったお客様が多いということです。こうしたお客様一人一人に真摯に向き合い、希少性のある商品やサービスを提供し続ければ、ボリューム層である中間層が何か買いたいと思ったときに当社を選んで来てくれるはずです。
IT活用力も私たちの強みです。アプリを導入し、お客様と双方向のコミュニケーションが取れるようになった結果、店舗イベントに行列ができ、それを見た人が興味を持ち行列に加わるという好循環が生まれています。
MIカード・アプリ会員等、当社が識別できるお客さまの売上は5割弱から7割近くまで上昇しました。そしてこの動きは当面は続くとの実感を持っています。過去に伊勢丹新宿本店の年間の売上げが3,000億円を超えたのはバブル経済期の1991年度1回だけですが、2022年度は入店者数はコロナ前の8割程度にも係わらずその売上記録を更新できそうです。
小池 高感度かつ上質な消費にフォーカスした戦略が好循環を生み出していることは企業価値の向上からも楽しみです。業績が改善方向にあるものの、財務的に見ると、ROEの低さが御社の問題点だと考えております。ROEなど財務の効率性指標が高まればさらに資本市場での評価につながると思います。
細谷 相当意識しています。私たちは百貨店経営に科学的視点を導入してきましたが、まだ十分とは言えません。お客様にお聞きするのと同じように、投資家やアナリストの声に耳を傾けるべきと考えています。
財務運営でも構造改革を進めています。例えば、利益率改善のために経費を昨年対比で管理するのではなく、顧客層別にP/Lを作りました。これにより宣伝費、外部委託費など経費に対する考え方が大きく変わりました。今後この手法を各地域店に広げ、PDCAサイクルを回し、企業風土を変えていきます。
小池 グループ企業の業績を見ると、収益性が低い子会社が多く、低ROEの要因になっています。現状はグループ経営の成果を経営数字では明確に確認できない状況にあります。グループ戦略として事業ポートフォリオを見直し、各機能に関してより強い外部企業とパートナーシップを結ぶという選択肢も有り得ると思います。
細谷 もちろんあります。旧来型のビジネスモデルから転換できない店舗は構造改革を検討することも必要です。土地を保有しているなら、オフィスやマンションへの変更も選択肢に入ってきます。但し、縦割りで物事を見過ぎるのは問題です。過去の閉店を振り返ると、本当に正しい判断だったのかと反省すべき点もあります。売上200億円の店舗なら約10万人のお客様がいらっしゃいます。カード手数料だけでも相当な収益ですし、グループ会社が手掛ける警備や清掃も店舗損益からは見えない収入源です。いずれにしても低収益事業がこのままで良いとは考えていません。
小池 様々な選択肢とグループ経営の視点も取り入れて、財務の効率性を高めていく方針が理解できました。サステナビリティに関する要求にはどう対応されますか。
細谷 私が社長に就任した2年前はサステナビリティを表面的に捉えていた感がありました。今は考えを改め、サステナビリティに真摯に向き合って、経営の軸にしないと将来は生き残っていけないと認識しています。私たちに何ができるのかをつき詰める議論をしています。
お客様の声を基に実際に始めた施策が、「i’m green」という買い取りサービスです。日本橋と新宿で小さなコーナーを設けただけですが、想定以上の実績を上げています。買い取りにおいても、信用できる先に依頼したいというお客様のニーズを感じます。この「信用」という言葉は、私たちのこれからのビジネスやサステナビリティにおいて大きなヒントになると考えています。
小池 私たちはこうした対話の場を増やしながら、企業価値向上に寄与し、日本の資本市場を活性化したいと思っています。最後に機関投資家である私たちに対する期待やリクエストを聞かせていただけますか。
細谷 私が経営企画部長だった2017年頃は機関投資家と話をするといろいろと責められている印象を受けたのですが、昨今は雰囲気がすごく変わってきた感じがします。どうすれば企業価値が向上するのか、株式市場は何を求めているのかといった議論が中心になり、温かい感じがします。的確なアドバイスもいただき、本当に感謝しています。今後とも温かく対話を重ねていければと思います。
小池 こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。本日は貴重なお話をありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年5月10日)