「経営の神様」と呼ばれた稲盛和夫氏が1959年に27歳で創業した京セラ。ファインセラミック技術と強固な財務基盤で安定成長を続け、黒字経営を続けてきました。ネクストステージの京セラをどのように発展させていくのか。現状での課題認識や中期的な成長ビジョンについて、同社代表取締役社長の谷本秀夫氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。
小池 流動性が高く、政治的にも安定している日本の株式市場が割安に放置されている状況を打破するために、当社では投資先企業とのエンゲージメント内容を日本語と英語で発信し、企業価値の向上を後押ししていく取組みを進めています。その一環として、こうして御社の京都本社を訪問し、谷本さんとお話しする機会を持てたことに感謝します。
まずは創業者の稲盛和夫さんについてお聞きします。「京セラフィロソフィ」「アメーバ経営」など独自の経営哲学、経営手法をお持ちになり、それらが京セラの企業文化やDNAとしてこれまでの成長を支えてきたかと思います。谷本さんとしては、何をどのように継承し、進化させていきたいとお考えですか。
谷本 「人間として何が正しいか」をすべての判断基準に据えた「京セラフィロソフィ」は、その名の通り、当社の企業哲学であり、稲盛が遺したもので私たちが一番大切にしていきたいものです。「京セラフィロソフィ」は、心の在り方と行動指針の2つに大別できますが、「利他の心」といった心の在り方についてはまったく変える必要がないと考えています。一方で行動指針は、時代背景に応じた説明が必要です。例えば「誰にも負けない努力をする」というフレーズがあります。私がまだ若い時には、時間で人よりも長く働くといった行動が美徳とされるような誤解が散見されましたが、そうではなく、誰よりも集中して弛まぬ努力をし、出来るだけ短時間で成果を出すといった説明が必要です。
「京セラフィロソフィ」を正しく伝える教育体系は、稲盛の2代後に社長を担った伊藤謙介によって整備されました。入社時、3年次、責任者就任時など要所ごとの教育システムができあがっています。事業部長クラスには経営陣が直接教えるトップセミナーがあり、経営哲学を細部に渡り、継承しています。「アメーバ経営」は、小集団による独立採算で、社員の一人ひとりが経営者感覚を持って運営する経営システムですが、これも売上高が数千億円規模から2兆円規模にまで拡大した現在では、全員参加型といったベースは維持しながらも、考え方や手法は少し変えていく必要があると感じています。
小池 谷本さんは2017年4月に社長に就任されてから、次々と社内改革に取り組まれました。今年(2023年)5月には京セラとして初めて中期経営計画を発表されました。そこに至る経緯や背景、また狙いについて聞かせてください。
谷本 2000年代初頭以降、競合他社と比べて成長スピードが非常に遅かったと認識しています。特に2008年のリーマン・ショック以降は保守的な経営を続けてきました。今後は重点市場に絞り成長を加速させたいとの思いがあります。稲盛は元々、経営計画は1年単位で考えていました。確かに以前は増産のために工場を新設する場合でも1年くらいでできたのですが、現在は工場建設で2年、設備の導入まで含めると、計画から稼働まで3年くらいは要してしまいます。つまり、重点的な投資配分をする場合、3年間以上の計画策定が必要です。半導体市場は2022~30年にかけて倍増すると予想されています。半導体関連は私たちの最も強い事業であり、3年の中期経営計画に基づく重点的な投資を計画しています。
小池 中期経営計画では、ROEの持続的向上とPBRの改善につなげるといった文言も見受けられます。東証の上場企業に対するPBRの改善要請もあり、株価のバリュエーションを意識する投資家は目立つようになっています。現在の株価水準について自己評価を聞かせていただけますか。
谷本 ご存じの通り、当社はPBRが1倍を割っている状況です。成長率の弱さは足元で少し改善していますが、利益率は上昇していません。当面は先行投資期にあたるため利益率がすぐに上がる見込みではありませんが、5年先くらいを目途に引き上げていく計画です。前期、2023年3月期の税引前利益率は8.7%でしたが、2026年3月期では14.0%を計画しています。
そして保有するKDDI株式の活用です。すでに第一歩としてKDDI株式を担保とした銀行借入で、投資を増やすことを発表しています。その次の段階としてさらにどう活用していくのか期限を区切って市場に対して示していきたいと考えています。
ROEは2023年3月期で4.3%の実績ですが、中期経営計画では2026年3月期に7.0%以上を目標に掲げ、さらには売上高3兆円時には二桁まで伸びる試算です。
小池 京セラは、KDDIのファウンダーの一社であり、保有するKDDI株式を政策保有と言い切ることには違和感を覚えます。とはいえ、政策保有株を全般に削減している中で、KDDI株式の比率が高まるのも財務上のリスクにつながります。多くの投資家がKDDI株式の扱いについて不透明な印象を感じている点が、株価のバリュエーションに影響している可能性もあります。資産の効率的な活用という面で、ぜひ積極的に戦略を打ち出してもらえればと思います。
小池 成長分野への重点投資についてお聞きしたいと思います。さきほど半導体関連に力を入れたいとのお話がありました。事業ポートフォリオにおける成長戦略や競合他社との優位性、強みを教えてもらえますか。
谷本 当社の製品では半導体のセラミックパッケージと半導体製造装置に使われるセラミックの部品が、トップクラスのシェアを誇っています。当社のセラミックパッケージは、高強度や高熱伝導率、デザインの多様性などに優位点があり、幅広い分野で活用されています。また、半導体を製造する工程は高い温度や強いプラズマが発生する過酷な環境にあり、プラズマに腐食されにくいファインセラミックスは、耐久化が求められる製造装置での採用が進んでいます。半導体の高性能化も追い風です。シェアを落とさないよう増産体制を整えていきます。
半導体用の有機パッケージは必ずしもトップシェアではないのですが、今後は人工知能(AI)関連やデータセンター、車載向けなど最先端の成長分野に注力していきます。コンデンサについても全方位というよりは、半導体パッケージの中に組み込むコンデンサなどに軸足を置いた特化戦略を追求していく考えです。
小池 成長戦略との対比では不採算事業の扱いも課題と推察されます。リストラクチャリングという意味での売却や撤退については、どのように捉えていますか。
谷本 3年前から年に一度、執行役員常務以上が集まる経営委員会において不採算事業について議論しています。個別の事業について、二桁以上の利益率、一桁の利益率、赤字の3段階で評価し、赤字の事業については撤退あるいは売却について判断します。ここ数年においても、中国にあった太陽電池モジュールの工場や、液晶ディスプレイの工場を閉鎖しました。撤退もしくは売却する判断は、今後も事業の状況によっては必要になるだろうと考えています。
ただ、赤字だから絶対やめるというわけではありません。再生可能エネルギーの拡大といった社会課題の解決に資する事業は、少し我慢をしてでも続けるという判断もあります。当社は長年に渡り、太陽光発電やSOFC(固体酸化物形燃料電池)を手掛け、近年では、世界初のクレイ型蓄電池を開発し販売しています。再生可能エネルギーを集積しRE100企業に電気を販売する事業をKDDI等と協働で進めようとしています。
小池 社会課題の解決を目指すサステナビリティ経営において、拡大できそうな事業やソリューションはほかにもあるのでしょうか。
谷本 当社ではファインセラミック技術を応用して、商業用デジタル印刷で用いられるインクジェットプリントヘッドを開発し、生産しています。特に小ロットでの高画質オンデマンド印刷といった用途で一定の需要があります。こうした保有技術を融合させ開発を進めているのが、衣類等の繊維に印刷するデジタル捺染(なっせん)システムです。独自の顔料インクで水をほとんど使わず、多種多様な布生地にプリントができます。世界の繊維・アパレル産業においては大量の水使用と汚染水が問題視されており、過剰生産による大量廃棄も課題です。こうした課題解決に寄与できると期待され、すでに多くの問い合わせを受けています。
根本となる基礎技術や素材面で強みを生かせる領域では、サステナビリティのみならず収益面でも大きな可能性があると考えています。2021年に完全子会社化した米国のSLD Laser社は、高効率なレーザー光源の商用化における世界のリーダー企業です。母材として窒化ガリウムという結晶を使いますが、欠陥数の少ない独自の製造技術により信頼性の高いレーザーライト技術を提供しており低炭素社会の実現に貢献できるものと期待しています。
小池 人的資本経営について今後の進化に向けた課題があれば聞かせてください。
谷本 「京セラフィロソフィ」やその綿密な教育プログラムは冒頭に申し上げた通りですが、ここにきて社内の業務におけるデジタル化が必須になってきており、デジタルデータを処理できる人材育成が必要だと感じてきました。まずはデータを取り扱うエンジニアの養成を集中的に行っており、社内で教育できるレベルにまで育成し、現在はデジタル教育の場を増やしています。
教育やデータ活用のみならず、事業化のプロセスそのものを学んでもらう、新規事業アイデアスタートアッププログラムを4年前から始めています。この制度を最初に使った女性社員は、食物アレルギーのある方においしい食事を提供するという、既存事業とはまったく関係のない領域で、小さいながらも事業化させています。
人材育成にかなり充実感は出てきていますが、課題もあります。高齢社員のリスキリングです。当社では2023年から、会社と社員の希望する働き方がマッチすれば70歳まで働ける制度を導入しましたが、仕事の内容が変革する中で、既存のスキルだけでは適応できない人が一定の比率で発生しますので、再教育が必要です。実際に成果を生み出せるかが、今後問われます。
小池 企業のガバナンスについて当社では、取締役会のモニタリングボードへの移行を推奨しています。つまり、取締役会のメンバーの半数以上は社外が担い、経営を監督していく姿です。京セラは監査役設置会社ですが、一般的に取締役の任期を1年とする企業が多い中、2年の任期としています。
谷本 当社ではこのような投資家の皆様との対話を手掛かりに、随時改正を図っています。取締役の任期は検討課題と認識しています。当社の社外取締役数は全体の3分の1ですが、半分にすべきかもう少し議論を重ねたいと考えています。社外取締役については、企業経営経験者の方が増えたことで、取締役会で事業目的や今後の展開等の議論が活発化しています。なお、以前は海外の関連会社の代表が当社の取締役でしたが、現在の取締役に外国人の方はいません。外国人の登用は足元での課題です。
小池 京セラの将来像として谷本さんが目指されている姿に対して、現状は何合目くらいにいる認識ですか。
谷本 5合目か6合目くらいだと思います。稲盛がつくった経営理念「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」は、すでに完成された理念であり、このまま継承すべきと考えます。もともとトップダウン志向が強い組織ですが、7年前に社長に就任してからは若い人にも発言しやすい雰囲気に変えたいと考え実際に変わりつつあります。これから先の課題は、シニア世代の比率が上がっていかざるを得ない構造にある中で、シニア社員にいかにやりがいを持って仕事をやってもらえるかを考えていくことです。
小池 「資産運用立国」という言葉が広がりつつある状況で、私たち資産運用会社は国内外の投資家に向けて日本株をさらに盛り立てていきたいと考えています。最後に、京セラを経営する谷本さんから見て、当社を含めた機関投資家に対する要望があれば聞かせてください。
谷本 IR活動を行う中では、海外投資家からの要望の高さが目立ちます。日本の機関投資家の皆様は、もっと強く意見しても構わないと思います。もちろん、ご要望やご意見の中には実現可能なものもあれば、そうでないものもあるでしょう。ただ、企業にとっては対話の中で見出せる課題や視点も多いはずです。せっかく日本国内にいるのですから、これまで以上に対話の量を増やしていただければと思います。
小池 アナリスト含めてコミュニケーションをさらに深め、発信する機会を増やしていきたいと思います。本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年12月11日)