FA(ファクトリーオートメーション)システムや電力インフラなど産業分野に強い総合電機メーカー大手の三菱電機。品質不適切行為の事案発覚以降、抜本的な経営改革を推し進めてきました。2年超に及ぶこれまでの改革の進展とこれから歩むべき事業変革の方向感について、2021年7月に三菱電機株式会社の社長に就任した漆間啓氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。
小池 海外投資家からの日本株への関心がここにきてようやく高まりつつあります。エンゲージメント活動の一環として、日本企業の具体的な取組みを伝えていくことが大切だと考え、プロジェクトブリッジと銘打った活動を展開しています。
漆間さんが社長に就任して以降、株価は堅調に推移しています。ガバナンス改革を含め資本市場は御社の変化を評価していると思います。これまでの総括を聞かせてください。
漆間 2021年7月の品質不適切事案を受けて経営者が交代し、社長に就任しました。当時は信頼の回復が最優先で、喫緊の課題として品質風土、組織風土、ガバナンスの3つの改革に着手しました。
品質風土に関しては、社長直轄の品質改革推進本部を設置し、出荷権限を移行しました。従来の人手が介在できる品質管理からプロセスすべてをデジタル化し、自動的に試験結果が出る方式に変えました。また、トップに外部人材を据えて設計の見直しにも取り組みました。組織風土改革は、公募により選出した45名の中堅層メンバーである「チーム創生」を中心に進めました。メンバーから「スタート時だけ協力的で、後で知らん顔されるのは困る。もしそんな態度であれば即座に辞める」と言われ、経営者としても逃げない決意を伝え、議論を通じて骨太の方針を作り上げました。各メンバーはそれぞれの課題を持ち、人事処遇制度や業務DXに関わる部署、あるいは事業本部から風土改革に取り組むなど実装をこの1年半ほど続けています。
ガバナンスに関しては、取締役会のメンバーの過半数を社外取締役としました。取締役会議長は社外取締役に務めていただくことになりました。
小池 着々と変化を遂げている様子が分かりました。ただ、歴史ある総合電機メーカーとして培われた企業カルチャーは根強いと思います。レガシーを変えていくことが正しいとしても、社内的な意見の相違から想定通りに進まないことも懸念されます。進捗はいかがですか。
漆間 従業員との対話を粘り強く続ける努力が大切です。国内42拠点でのタウンホールミーティングは三巡目となります。特に管理職の意識変革が重要だとして、現在は部長や課長に絞った集まりで従業員との伴走や課題解決といったテーマで話し合いを進めています。所長や事業部長といった経営陣に準じた人たちとは、“社長塾”と表した研修で自分の何を変えていくべきか議論してもらっています。
「2・6・2」と言われるように、2割の人間の変化が6割に波及し、残り2割に伝播する変化の推移からすれば、現状はやっと最初の2割に達したイメージを持っています。ただ、実現が難しいのは最初の2割であり、今後6割への伝播は速まると思います。「チーム創生」は時限的な措置で、あと1年半で解散する予定ですが、その後各組織が自走できる事を目指します。各メンバーがそれぞれの部署で積極的に動いてくれていることで、波及的な広がりを期待しています。
小池 従業員の皆さんのエンゲージメントは高まってきているのでしょうか。
漆間 従業員のエンゲージメントスコアは平均するとあまり上がっていないのが現状です。これは分社化の影響が大きいと考えています。2021年10月にビルシステム事業を連結子会社の三菱電機ビルテクノサービスに統合する決断をしました。それと前後して品質不適切事案が表面化し、2023年10月末には、自動車機器事業を分社化する発表をしています。分社化の対象となる社員には様々な思いもあるでしょうが、事業ごとの付加価値を最大化するための組織再編であることを理解してもらう努力を続けていきます。
小池 2025年度に向けた中期経営計画では、売上高5兆円超、営業利益率10%の目標を掲げています。目標への手応えや課題があれば、教えてください。
漆間 過去の中期経営計画では、営業利益率8%を目指してきましたが、いずれも未達で終わっています。売上高では2022年度に5兆円を超え既に達しましたが、利益率の向上が課題です。
まずはROIC、すなわち投下した資本に対して付加価値を生んでいるかどうかで事業を評価します。そしてビジネスエリア経営体制(以下BA制)の導入です。各事業本部は残したまま、それを横から支える4つのBA制に経営体制を変えました。責任者であるBAオーナーが投資家の観点で経営資源を差配し、事業の再構築や新規事業の創出を目指します。ROICについては、2023年4月以降、各事業本部単位で社内目標を検討中です。その達成に向けて、最適なセグメントに分けた上で、KPIを設定し、各種活動を展開していきます。それにより、今後棚卸残高や売掛債権の減少、キャッシュフローの増加といった動きが表れてくるはずです。
2023年度は過去最高となる5兆2,000億円の売上高を達成する見込みで、(営業)利益率は6.3%を予想しています。ROIC経営を徹底することで8%が視野に入り、各事業部門でKPIを設定し目標を“見える化”させて10%の営業利益率に挑戦したい考えです。
小池 コングロマリット・ディスカウントの解消は大きな課題です。多様な事業ポートフォリオをマイナスに捉えている投資家にとってROICの導入はとても効果的だと思います。BA制と従来の事業本部との責任の所在のあり方についてどのような違いがあるのでしょうか。御社は元々、各事業部がイニシアティブを取ってきた傾向が強く、ROICの責任を事業本部に置くと会社全体のパフォーマンスが上がりづらいのではないかとの懸念もあります。
漆間 売上や利益、あるいはROICに対する責任は各事業本部の本部長が持ちます。BAオーナーは、対象とする事業本部で横断的に予算を配分し、既存事業の停止と新規事業の創出に責任を持ちます。例えば、インフラBAオーナーは、社会システム、電力・産業システム、防衛・宇宙システムの3つの事業本部を対象として、横断的に経営資源を配分する権限を持っています。
ROIC目標は会社全体からのブレークダウンで割り振られるのではなく、事業ごとに競合他社との比較で設定します。
稼働率の低い設備を廃棄するような措置も必要になるでしょうが、それらはBAオーナーと相談しながら進めます。例えば、いま防衛・宇宙システム事業で新たな工場が必要になりますが、他の事業本部の工場と合わせてスクラップアンドビルドしていくのは、BAオーナーの役割です。
小池 将来性や収益性の観点で、今ある事業ポートフォリオを見直すお考えはありますか。
漆間 現状の事業ポートフォリオのままでは当社は10年続かないとの危機感を持っています。だからこそ、10年後のあるべき姿からバックキャスティングして足りないものを明確化し、戦略やプロセスを練らなければなりません。現在当社の資本コストは6%程度と考えていますが、資本コストを考慮したリスク考慮後のリターンを高める発想が求められます。そのためには、あきらめざるを得ない事業もあるでしょうし、培ってきたリソースで新たな事業にチャレンジすることも必要です。
小池 事業の選択と集中を通じて利益率を高めるには、ファイナンシャルリテラシーなど高度なスキルも要求されます。ここもカルチャー改革的な要素が必要だと思われますが、どういった取組みを進めていますか。
漆間 事業本部内にあった戦略部門を解散させ、BA内で統合しました。例えば、これまで電力・産業システム事業本部の戦略部門にいた社員は、防衛・宇宙システム、社会システムといった複数の事業を同時に見るようになり、視野が広がります。
2023年4月以降、各事業での目標設定と逆ツリー化によるKPIで管理を進めているところです。今後マネジメントできると判断できた段階で事業本部のROIC目標の開示を検討するつもりです。
小池 開示を通じて、事業部の視点と投資家の視点が共有され、改善に向けた取組みが進むと思います。
持続的な成長に向けて、「循環型デジタル・エンジニアリング」というキーワードを打ち立てています。これは従来、強みを持つハードに加えソリューションを重視されるビジネスモデルなのでしょうか。本業の在り方も変わっていくイメージを感じています。
漆間 当社のコンポーネントは非常に強く、これはしっかり深化させたいと思っています。一方で、DXの進展により機器が産み出すデータに重点を置かなければならないと考えています。各事業本部で10年先のメガトレンドや自分たちのあるべき姿の検討を進めています。例えば、お客様と、社内の営業担当者と技術者がデジタル空間でデータを共有できれば機器の予防保全や新たなソリューションの提案につながります。
データを重視した形に変えていくのと強いコンポーネントを進化させ、協業を含め事業価値を上げることに着目したいと思っています。
小池 2023年は人的資本経営がクローズアップされる年になりました。データの活用に長けたビジネス人材も必要になってくると思います。人材の獲得や育成に向けた取組みを聞かせてください。
漆間 2024年に横浜地区にDXエンジニアを集結させ、共創エリアを作ろうと思っています。当社グループには電力システム、FAシステム、ITシステムなどにおいてデジタルに関連する人材が多数在籍しています。人員を一堂に集め、交流することで、いろいろなものが生まれていくと思います。教育もしやすくなり、外から人材を確保しやすくなる。こうした相乗効果を目指しています。
人材の定量的な評価が資本市場から求められている状況で、利益貢献に対する人材の価値をいかにして高めていくかも課題です。まずは社員各人がどのように自分のキャリアを積もうとしているかがスタートとなります。挑戦への意思や意欲に応じた学習機会を用意するとともに、人事処遇制度を抜本的に変えて、仕事ぶりや能力に応じて対価を支払うジョブ型を強めていこうと考えています。
小池 ESG(環境・社会・ガバナンス)投資に関連して、私たちはGHG(温室効果ガス)削減貢献量を投資先のバリュエーションに反映させていこうと考えています。こうした開示への方針を聞かせてください。
漆間 可能な限り対応し、積極的に開示すべきだと考えています。社長就任時より、サステナビリティを経営の根幹に据えており、事業を通じた社会課題の解決を図っています。具体的には取り組むべき課題領域を、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、安心・安全、インクルージョン、ウェルビーイングの5つに明確化し、解決策を模索しています。
「GIST(Global initiative for sustainable technology)」と銘打ち、エンジニアを中心に事業本部の枠を超えた48名を集めて、技術の組み合わせを通じた社会課題解決と事業創出を推し進めています。こうした貢献領域のみならず、責任領域に対しては開示を徹底し、ESG関連の対策を取っていきます。
小池 三菱電機はESGで貢献できるプロダクトや事業が多く、GHGを含めた貢献に私たちも積極的に推奨していきたいと思います。最後に、現在の三菱電機の株価水準についての評価や目標を聞かせてもらえますか。
漆間 この1年間で株価が堅調に推移し過去最高値(2,175円)が視野に入ってきました(対談日:2023年12月5日)。2023年度の業績目標の達成が試金石となると考えています。今後、ROIC経営が定着しアセットライト、キャッシュマネジメントによるBS経営が進展すれば更なる上値も期待できます。
小池 改革に力を入れ、会社の変化についても感じることができました。あとはエグゼキューション(実施、執行)をどれだけ担保できるかという点に投資家の意識が向けられていくと思います。引き続きコミュニケーションを取らせていただきながら、私たちも投資家としてお手伝いできることは、積極的にやっていきたいと思います。本日はありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2024年3月4日)