2022年2月にグループCEOに就任した木原正裕氏のもと、企業風土の変革を進めてきたみずほフィナンシャルグループ。19年度からスタートした5ヵ年経営計画を1年前倒しで見直し、新中期経営計画(2023年~2025年度)を打ち出した。銀行の将来像と注力するビジネスについて、株式会社みずほフィナンシャルグループの木原正裕氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。
小池 2022年度初頭から日本をはじめ世界中の投資家に日本企業の魅力を訴え、日本の資本市場に世界の投資家を誘引する活動を始めました。欧州・中東・アジア・米州各地域への直接訪問によるプレゼン、カンファレンスを通してプロモーションを進めてきました。日本企業の技術力や潜在成長力には、他国の競争企業と比較しても引けを取らない十分な競争力があると考えていますが、日本株全体で見るとバリュエーションの低迷が継続するなど日本企業の競争力や本質的な価値は十分に評価されていないと強く感じてきました。今年度も昨年同様、投資家カンファレンス、個別訪問を進めていますが、ようやく世界の投資家の日本株への見方にも変化がみられるようになりました。
木原 小池社長の取組みに大きな刺激を受け、賛同しています。我々も企業理念の再定義と3ヵ年の新中期経営計画を策定しました。その中で、日本企業の競争力強化、国力回復、底上げは当社が貢献すべき課題として強調しています。
小池 日本の金融業界を代表する御社の変化は、私たちにとっても大きな関心事です。特に、木原社長に代わられて何がこれまでと変わり、または変わろうとしているのか。ここが投資家の最も関心の高いところだと思われます。
木原 まずは少し過去を振り返ってみます。2代前の佐藤康博社長が打ち出したのが「One MIZUHO」です。銀行、信託、証券の一体運営を進め、2014年にはメガバンクで初めて指名委員会等設置会社へ移行し、ガバナンスの強化を図りました。その後、坂井辰史社長が就任し、5ヵ年経営計画をつくり、ビジネス・財務・経営基盤の構造改革を進めました。当社は、銀行、信託、証券に加え、みずほリサーチ&テクノロジーズやみずほ第一フィナンシャルテクノロジーなどすでに一体で運営しており、「One MIZUHO」は完全に昇華されてきています。カンパニー制導入以降、顧客関連の収益が2倍になるなど成果を上げています。
我々が次の時代に向けて何をやっていくべきか、残念ながらシステム障害の問題が発生しましたが、実態を振り返ると、挑戦できるカルチャーや建設的な意見を歓迎する風土に弱さがあったように思います。アジャイル(環境変化へ機敏に対応すること)に挑戦でき、社員が自分の思ったことを言えて、それが歓迎されるカルチャーに変えていく必要があります。いわば企業風土の変革です。そして、もう1つの課題は、投資家を含め外部のステークホルダーと、もっとオープンなディスカッションをしていくことです。例えば、社外取締役とは情報提供と活発な議論を盛んに行っていますが、オープンな経営は私自身の目標でもあります。
小池 木原社長による陣頭指揮で企業風土の変革を巻き起こしたいという思いがよく分かりました。その流れの中で新中期経営計画を打ち出し、パーパス(みずほフィナンシャルグループの存在意義)を策定されました。どういった経緯があったのか。また、今回新中期経営計画を発表された根本となる考え方を教えてください。
木原 パラダイムシフトやグローバルトレンドの大きな変化を発想の原点に、みずほの存在意義やお客さまにどう貢献するのかを考え、私たちのDNAを見つめ直し、企業理念を再定義すべきと強く感じたのがきっかけです。これまでの基本理念やビジョンは、自分たちのありたい姿は記述されているものの、どういった貢献をすべきか、どういう存在であるかは書かれていません。パーパスの「ともに挑む。ともに実る。」にはお客さまの課題をともに解決していくこと、社名の由来となった「みずほ」が象徴する幸福な生活に貢献することが込められています。
我々は20年先の未来を予測することはできませんが、10年後にあってほしい世界を構想することはできます。バックキャスト(未来からさかのぼって現在を思考すること)でこの3年間で何にフォーカスをしたらよいかを考え、まとめたのが新中期経営計画です。例えば、日本の国力が少し上向きであってほしい、サステナビリティの推進において新しい技術の実装が進んでいてほしいといった目指す姿を定義して、やるべきことを明確にしました。
小池 新中期経営計画には5つの注力ビジネステーマを掲げており、「日本企業の競争力強化」もその1つです。日本企業は際立った強さがあるものの、グローバルで見ると控え目に見られがちです。競争力を高めていく支援として、具体的なアイデアやプランがあれば、聞かせてください。
木原 2年前に営業店の体制を変えました。これまで、部署や営業店に散らばっていた中堅上場企業の法人営業の体制を、6つの首都圏営業部に集約し、お客さまの成長戦略に徹底的に関与していくことに取り組みました。対象となる企業を絞り、ホールセール営業の経験値のある人材や証券の投資銀行の部隊といったグループの機能を組み合わせながらソリューション提案を精力的に進めています。小池社長がおっしゃるように日本には技術力や商品力を持っている企業群はまだあり、更なる企業価値の向上のお手伝いをしていけると実感しています。
こうした中堅上場企業や中堅中小企業のお客さまは、私たちの事業セグメントではリテール・事業法人カンパニー(RBC)が担当しておりますが、これらの取組みを通じて、確実に収益性が上がってきており、手応えを感じています。
小池 「『資産所得倍増』に向けた挑戦」も注力ビジネステーマに据えています。政府が方針を掲げたものの、「貯蓄から投資へ」の動きはなかなか起きてきませんでした。ただ、国も本腰を上げて制度改革に取り組むなど変化の兆しも見られます。これまで投資への動きが進まなかった構造的な課題や、ビジネス上のチャレンジについては、どのようにお考えですか。
木原 日本は長らくデフレが続き、金利も基本的に動かない。日本の国際競争力が低下する中で、マザーマーケットへの投資を喚起できなかったことが背景だと思われます。しかし、海外から日本を見る目は少しずつ変わってきています。いよいよ日銀が動き出すかもしれないと想像するグローバル投資家は、一定のボラティリティのある市場の方が、ダイナミズムを感じるでしょう。半導体メーカーの日本への工場誘致が象徴するように、日本に対する再評価が現在の株価上昇につながっていると感じています。このモメンタム(相場の勢い)を個人の投資家にも感じてもらい、更なる好循環につなげていくことが必要です。
小池 同じく注力ビジネスの一つである「顧客利便性の徹底追求」からシンプルに想起するのは、デジタルを通じた顧客満足の向上です。足元でLINE Bankのプロジェクトが解消する中で、どういった方向に舵を切ろうとお考えですか。
木原 これはチャネルの利便性とサービス提供力の向上を追求していくことだと思います。例えば、店舗に関してはお客さまが簡単にセルフで手続きできる仕組みを拡充しながら、希望される方へのコンサルテーションも充実させるといった具合です。コールセンターを含め社員のコンサルティング力を高めながら、デジタルに置き換えられる領域では見やすさや操作性といったUI・UX(ユーザーインターフェース、ユーザーエクスペリエンスの略。顧客接点、顧客体験のこと)を高めていきます。みずほ銀行には「みずほダイレクト」というデジタルチャネルがありますが、とにかく世の中の流れに負けないように着々と改良を重ねていきます。
将来、多くのお客さまがデジタルにシフトすれば、店舗数を減らしていくことになると思いますが、現状では店舗をご利用いただいているお客さまも多く、まずは利便性を高めることが重要だろうと思います。ただ、店舗の軽量化は進むでしょうから、建物の2階や駅中に店舗を設置することも考えています。
LINE Bankはジョイントベンチャーで事業を進めてきましたが、安全安心で高付加価値のサービスを提供しようとすると、更なる投資が必要でした。そこで議論の結果、ここは一度、打ち止めにしようということになりました。ただ、私たちはオープンな他社とのアライアンスを基本的な姿勢としており、PayPay証券や楽天証券との提携もその証左です。
小池 「サステナビリティ&イノベーション」というビジネステーマについてうかがいます。気候変動対策などで企業のトランジション(移行)を促進するうえで、みずほフィナンシャルグループの役割や付加価値には、どういったものがあるとお考えですか。
木原 みずほ銀行には元々、産業調査部という組織があり、産業に対する知見を蓄積してきた歴史があります。現在は、サステナビリティ推進担当(CSuO)を設置し、配下にサステナブルビジネス部等をつくり、情報を集約しています。トランジションは企業単独ではなかなか実現できず、「共創」が大きなキーワードになります。お客さまが持つテクノロジーやお客さまのニーズといった情報から課題や挑戦を繋ぎ合わせることで全体としてトランジションを生み出す仕組みを作っていく、つまり、みずほが結節点の役割を果たすということだと思います。
小池 みずほの差別化要素や強みはどこにあるのでしょうか。
木原 大企業ビジネスはこれまでも突き詰めて取り組んできており、銀行・証券・信託のみならず、先ほど申し上げたリサーチ機能等も一体でお客さまにソリューションを提案できるという特徴があります。また海外はグローバルCIB(Corporate & Investment Banking)(銀行と証券、カバレッジとプロダクツ、プライマリーとセカンダリーの一体運営)を進めており、米国市場では既に強みを発揮してきています。これらの強みを他の海外地域にも展開していきたいと考えています。米国を始めとして海外での優秀な人材も確保しつつあり、海外のノウハウを日本に還元していきたいとも考えています。
小池 先日、買収を発表した米国のGreenhillもグローバルCIBビジネスを補完する位置づけということですよね。
木原 おっしゃる通りです。これまで米国で取り組んできていたものの、M&Aはミッシングパーツでした。今後Greenhillを通じてM&Aを起点としたビジネスバリューチェーンの拡大も目指していきます。
小池 海外での人材確保の話もありましたが、さまざまな戦略の遂行に加え、企業価値を高める人的資本経営を推し進めている印象です。
木原 2022年11月に公表した新しい人事の枠組みである〈かなで〉について、2024年度に完全移行します。〈かなで〉には、社員と会社が「ともに創り、ともに奏でる」という思いが込められています。これまでは「One MIZUHO」と言いながら、各社で人事のあり方が異なっていたのですが、グループ中核5社の人事制度を合わせることで各社員がグループ内で描けるキャリアデザインが大きく広がります。カルチャーや働きがい、人事のあり方を一体的に考えて人材力を底上げするための人的資本経営を推進しています。
小池 東証は上場企業に対して資本収益性を改善することや、資本コストをしっかり把握することを求めています。金融機関では自己資本比率規制があるため議論が進まなかった部分もありますが、資本コストの基本的な考え方や開示に至った背景を聞かせてください。
木原 金融機関として絶対に守らなければいけないルールである自己資本比率規制の下では、一定の資本を積んでおく必要があります。ただ、そうした中でもPBR(株価純資産倍率)改善の道筋を示すことは資本市場と向き合う上で重要だと考えています。資本コストについては様々な議論がありますが、マクロ要因への対処として、日本の競争力や企業の底上げに能動的に働きかける決意を示すことが必要だと感じています。
日本企業を発掘し、資本市場に刺激を与え、それを海外に売り込んでいくという発想においては、小池社長が取り組んでいらっしゃる「Project BRIDGE(プロジェクトブリッジ)」と同じ路線上にある話だと思っています。
小池 ありがとうございます。同じ目標を持つ者同士、これからも意見交換をさせていただければと思います。最後に、木原社長が想像する10年後の金融業界の姿について、聞かせてください。
木原 消費者との接点を持つ事業会社が自分たちの経済圏を広げるために、決済を軸に金融領域に進出する動きが目立ちます。デジタルの世界が日常社会に広がる中で、私たちはいわば黒子として、金融機能を提供する役割を果たせるのではないかと考えています。例えば、ヤマト運輸さんのクロネコヤマトのアプリには、みずほ銀行の決済サービスであるJ-Coin Payが組み込まれています。荷物を送る際にJ-Coin Payのコード決済を用いることでみずほ銀行の口座からそのまま支払いが完了できる仕組みです。
10年先の日本では、金融・資本市場がもっと拡大している姿を期待しています。スタートアップのIPOファイナンス(株式公開に伴う売り出し・公募増資)、デット・キャピタル・マーケットにおける発行体の中堅企業への広がり、間接金融から直接金融へのシフトが進み、資産運用業が活性化している世界が実現していることなどです。そのときには「貯蓄から投資へ」の動きも当たり前になっているはずです。まずは、そうした未来に向けた成長戦略をお客さまに提案しながら金融・資本市場の拡大につなげていきたいと思います。
小池 本日は貴重なお話をありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年8月23日)