野村アセットマネジメント

対談【MS&AD】政策保有株式を売却しビジネススタイルを変えていく

右:MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 代表取締役社長 兼 グループCEO 舩曵 真一郎 氏 左:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖
右:MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 代表取締役社長 兼 グループCEO 舩曵 真一郎 氏
左:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

自然災害の激甚化・頻発化や国際的な戦争・紛争、サイバー攻撃など、リスクが多様化・複雑化する損害保険業界。その中でガバナンスを進化させ、従来のビジネス慣行からの脱却を図っているMS&ADインシュアランスグループ(MS&ADグループ)。2024年6月にグループCEOに就任した舩曵真一郎氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が、MS&ADグループの変革と成長ストーリーについて語り合いました。

リスクが増える、リスクが変わる社会での保険会社の価値

小池 MS&ADグループの統合レポート2024を読ませていただきました。CEOメッセージからは、会社を変えていかなければならないといった変革への決意を強く感じました。不祥事からのカルチャー変革に期待を抱く一方で、自動車のEV化や自動運転、自然災害の多発など、損害保険業を巡る環境は激変していると思います。今後、どのように御社をリードされていくのか、グランドデザインについて聞かせてください。

MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 代表取締役社長 兼 グループCEO 舩曵 真一郎 氏

舩曵 足元で自然災害が激甚化・頻発化しているほか、将来的に自動車の事故が減少し、主力である自動車保険に影響が及ぶのではないか、という見方があります。また、国際的な戦争・紛争やサイバー攻撃など、リスクが多様化・複雑化しています。このような厳しい事業環境の中で、どのような成長ストーリーを描いているのかという趣旨のご質問と受け止めました。

ご指摘の通り、これだけ社会リスクが増えている、変わっているということは、保険会社にとって難しい環境であると同時に、保険会社の存在意義がこれまで以上に高まっているとも言えます。これを踏まえ、我々はお客さまの期待に応え、お客さまからもっとも選ばれる保険会社になることで成長を実現していきたいと考えています。

足元のインフレや自然災害に対しては、適切な料率設定やアンダーライティング(保険契約の引受判断)の強化を行っており、長らく赤字であった火災保険が2025年度には黒字化を見通せるようになるなど、着実に効果が出ています。
自然災害の激甚化・頻発化やサイバーリスクなどの新たなリスクの発現に対し持続的に保険商品を提供するためには、強固な資本力を持つ必要があります。そのためには、適正な保険料を受領することに加え、効率化により事業費率を引下げることで利益を積み上げることが欠かせません。

事業費率の見通し
事業費率の見通しグラフ
(出所)MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 ・会社資料より
海外事業の拡大とサイクルマネジメントの徹底
野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

小池 気候変動や防災・減災などの社会課題を解決するソリューションが様々な分野で提供されているとお見受けします。また、メタバース、スマートシティ、宇宙ビジネスなど今後の社会生活に必要となりえる分野においても保険会社の活躍機会も広がっています。ただ、これらのスペシャリティ分野は新たな領域が多く、合理的な保険料の算出やリスク管理が難しいのではないかと感じました。

舩曵 過去データやリスクの評価モデルが十分ではない領域では、保険引受に工夫が必要となりますが、逆に差別化が図れることにもなります。先進的な保険引受で定評のある英国ロイズ保険組合で事業を営むMSアムリン(MS Amlin Underwriting Limited)には、日本から人財を積極的に派遣しています。そこでは、アンダーライティングを基本から学ぶとともに、リスクに対する仮説力を養うことを重視しており、グループのアンダーライティング力の引上げに貢献しています。

小池 2022年に当時グループCEOだった原さんとお話した際は、海外事業の中核を担うMSアムリンの業績がようやく底を打ったとお話されていました。V字回復し収益貢献も高まっていますが、グローバルトップ水準の保険グループとの比較では、さらなるキャッチアップが求められるのではないでしょうか。

舩曵 損害保険には、料率上昇(ハード化)と料率下落(ソフト化)を繰り返すサイクルが存在する特性があります。この波を適切に把握し、料率設定や引受判断の規律を厳格に運営することをサイクルマネジメントと呼んでいるのですが、これが事業を成功させる鍵であり、MSアムリンの収支が改善できたポイントでもあります。
MS&ADグループは、英国では日系損害保険会社として最大のシェアを持ち、欧州大陸ではグループ内の事業集約により企業向け保険で準大手のポジションを確保しています。アジアではASEAN 10ヵ国に保険引受のファシリティを有する損保グループで総収入保険料は域内ナンバーワンです。
一方、米国の事業基盤を拡大する余地があり、2023年に買収したMS Transverseに加え、MSIG USAにおいてアンダーライター(保険引受の専門職)を増強し、現地企業向け保険引受を開始しました。加えて、スペシャルティ分野を得意とする保険会社をターゲットに事業投資も検討していきます。

社員は顧客本位の意味を改めて考え、スキルを磨いてほしい

小池 政策保有株式についてお聞きしたいと思います。2030年3月までに保有ゼロにすることを決断されました。まずは保有している企業からの反応や本業の保険取引に生じるネガティブな影響について聞かせてください。

舩曵 率直に申し上げて、さまざまな反応をいただいています。一方で、これまで発行体企業の皆さまと丁寧に対話を行ってきたことや、コーポレートガバナンス・コードなどによる要請を受けて、持ち合い株式の解消に対する株式市場の理解も高まっていると感じます。
従来のビジネス慣行からの脱却に向けて取り組みつつ、これまで築き上げてきたお客さまとの信頼関係を基礎とし、保険本来の提供価値やソリューション力の高度化、充実化により、お客さまに選ばれる保険会社になることで、ネガティブな影響は抑制できると考えています。

小池 法人営業の社員の方々には、グループCEOとしてどのようなメッセージを伝えたいですか。

舩曵 政策保有株式や本業支援などに依存した従来のビジネス慣行から脱却し、お客さまから選ばれる保険会社への転換が求められています。お客さまの期待に応える商品を提案し続け、お客さまから選ばれるためには、保険会社として当たり前の仕事、つまり相手先企業のリスクをしっかり認識し、適切なアンダーライティングを行う一連のプロセスを高度化しなければなりません。社員の皆さんのスキルをもう二段階、三段階、引き上げてほしいと考えていますし、その実現に向けて会社も力強く支援していきます。

非常識にいち早く気付く体制づくり

小池 統合レポートの中では、「ビジネススタイルを変えていく」という表現があります。ビジネスモデルではなく、ビジネススタイルという言葉を用いたことにカルチャー変革への強い意志を感じました。例えば、代理店との過剰な付き合い方や関係性を通常の状態に戻していくといった捉え方なのでしょうか。

舩曵 まさにご明察の通りです。保険本来の役割が変わる訳でなく、保険を取り巻く当事者間の関係性が変わることを意味しています。保険の知見や経験を積み上げて、それをお客さまに提供するのは当たり前の話です。もちろん代理店が大切なパートナーである点は変わりません。代理店自体がしっかりと価値提供できるよう、我々も一緒に取り組んでいきます。

「カルチャー変革」という言葉は改善計画で用いていますが、これは経営陣の意識が変わったからといってすぐに実現できるものではありません。カルチャーを変え、ビジネススタイルを変えることに繋げていくことが必要であると考えています。

小池 スタイルの変革はガバナンスにも影響を及ぼしていますか。当社では、ガバナンスの実効性を図る上で、社外取締役過半数を求めています。東証プライム市場、特にグローバルに事業を展開する企業では、社外取締役が過半数というのは、珍しくなくなってきていますが、御社はどのようにお考えでしょうか。

舩曵 取締役会の構成や機関設計は、深度ある論議を通じ迅速な経営判断や果敢なリスクテイクを行うことを後押しするために極めて重要と考えています。一連の不祥事を踏まえ、社外取締役を中心としたモニタリングの強化を図りたいと考えているところです。

小池 不祥事や行政処分に対する社外取締役の方々の受け止めと、取締役会での論議を披露いただけますでしょうか。

舩曵 社外取締役からは、事業会社が起案した業務改善計画に対してさまざまな観点から意見がありました。例えば、事案が発生した真因分析は十分か、策定した計画が実行性を持って継続的に運用できるのか、運用の過程で柔軟に軌道修正することも行うべきではないかといった意見が出され、取締役会で時間をかけて論議を行いました。

残念ながら、業界や会社の常識が世の中の非常識になっていて、それが不祥事に繋がることはどの産業でも起こりえます。大切なのは、非常識にいち早く気付くこととそれを改める体制づくりです。当社では、業務改善の一環として、リスクの予兆検知を担う会議を設置しました。外部の目線を取り入れるとともに、独占禁止法や不正競争防止法、金融商品取引法等に対する理解を含め、潜在的に不適切な業務を早期に是正する態勢を構築しています。

小池 舩曵さんご自身も社員の方々とのコミュニケーションを変えていらっしゃるのですか。

舩曵 社員と直接対話することは極めて重要と考えています。三井住友海上の社長としては、海外を含めて職場を数多く回り、担当者と直接対話するなど、階層や職種を横断した対話を心がけています。グループ全体で見れば、まだまだ相互のコミュニケーションが不足していると感じることもあり、双方向のコミュニケーション機会を増やすSNSツールを導入してグループ全体に広げていきたいと思います。

資本と事業、それぞれの効率性で結果を出す

小池 政策保有株式の売却で得た資金をどのようにアロケーションし直すか、これは投資家サイドからすれば大きな関心事です。政策保有株式を売却することで受取配当金が減少する中、資本効率向上を伴いながら、スピード感を持って事業の拡大を目指すことができるのでしょうか。

舩曵 政策保有株式の売却は、利益の拡大と資本効率の向上を実現するチャンスであると捉えています。リスク管理の観点では、長年ピーク(最大)リスクであった国内株式リスクを削減し、成長分野への投資により海外事業を拡大するなど、事業・リスクポートフォリオの最適化によって、ROR(リスク対比のリターン)を高めていきます。

海外事業に関しては、先ほどもお話した通り米国でのスペシャルティ領域の保険会社への事業投資を実行し、地域および保険種目の観点でリスク分散効果を高めたいと考えています。さらに、高いリターンの見込める事業会社への追加の資本配賦であるとか、グローバルベースでのシナジー発揮など、資本効率性を高めたいと考えています。

資産運用に関しても、政策保有株式の売却で得た資金の再投資や海外事業の成長による運用資産の増加などを考慮し、さらに強化していきます。2022年にスイスの運用会社LGT社と共同で設立したMSRキャピタルパートナーズをグループ連携のハブとして、オルタナティブ資産の量的・質的拡大を図っています。今後は、国内外の債券など伝統的資産に対する運用体制の強化も図ってきます。

政策株式売却資金の使途
政策株式売却資金の使途
(出所)MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 ・会社資料より

小池 今後の展開を楽しみにしています。最後に現状の株価水準に対する認識をお聞きしたいと思います。損害保険業界は各社とも課題が残されている中、財務指標分析で見たMS&ADグループの株価はグローバルピア対比でディスカウントされている状態です。まだまだ投資家の評価を引き付けられていない部分があるのではないかと思います。

舩曵 2つの課題に対して結果を出すことだと思っています。1つは資本の効率性。政策保有株式をゼロにすると宣言しても、本当にできるのか、また、売却で得た資金の使途につき懸念の声が聞かれますので、しっかりと将来の成長に繋がる事業投資を実現していきます。
もう1つは事業の効率性です。MS&ADグループは国内損害保険事業の事業費が高く、どう解消していくのか絵姿を見せることです。
現中期経営計画(2022-2025)では、国内損害保険事業の収支改善や海外事業の利益拡大、資産運用リターンの向上に取組み、着実に成果を出してきました。これからは、国内では、ビジネススタイルの変革を進め、お客さまからもっとも選ばれる保険会社となり、海外ではしっかりと将来の成長に向けた事業基盤の拡大を図っていく。これにより、時価総額10兆円、ROE10%半ばを早期に達成できると考えています。

小池 力強い目標をお示しいただき、ありがとうございました。我々も機関投資家としてお役に立ちたいと思っています。ぜひ、よろしくお願いいたします。

この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2025年3月11日)