眼科領域に特化した製薬メーカーである参天製薬が、再成長に向けて歩み始めた。過去数年間の収益性の低迷により、2020年以来株価は大幅に下落した。構造改革を託され2022年9月にトップに就任した参天製薬の伊藤毅氏と、野村アセットマネジメントの小池広靖、同社医薬品担当アナリストの鳥居彩が成長への意思や見通しについて語り合いました。
小池 昨今、株式市場でPBR 1倍割れや株価に対する意識改革が進んでおりますが、御社の株価を見ると2020年前半まで堅調だったものの、以降足元までで2~3割下落しておりTOPIXをアンダーパフォームしております。背景には売上高が堅調に伸びている一方で費用増加や減損により利益が伸び悩んだことや、成長ドライバーだった中国事業が集中購買や新型コロナウイルスの影響で減速したことがあると理解しています。また、それに伴い安定成長を評価していた投資家の認識も変わり、バリュエーションが低下したのではないかと思われます。そのような厳しい環境の中、2022年9月にCEOに就任され改革を始めておられますが、再成長に向けたアジェンダに込められたお気持ちや当時の危機感をお聞かせいただけますでしょうか。
伊藤 2021年度スタートの前中期経営計画では主力のOphthalmology(オプサルモロジー:眼の疾患に関わる医療領域)を超えて、ウェルネスやインクルージョンに取組みを広げる方針を掲げました。さらにOphthalmologyについても細胞治療や遺伝子治療、高度なデバイスなど視野を広げていきました。将来に期待が持てるものがあった一方で、ビジョン実現のための取組みが拡散し、結果的に必ずしも当社の強みとつながらないものも含まれていたと思います。就任当時株価が下落していたこともあり、危機感を強く持っていました。まずは再成長への方向性だけでもいち早く株式市場に示す必要があると考え、2022年11月の中間決算発表の際に、「収益性を改善する」「成長の柱を立てる」「最適なオペレーション・組織体制を構築する」という3つの施策の推進を掲げました。
小池 企業の成長には新規投資も必要ですけれども、本業の強みに結び付いていない部分をそぎ落とし筋肉質にしていくところから始めたということですね。そして数々の課題認識をもとに2023年4月に新中期経営計画(2023~2025年度)を発表されました。
鳥居 新中期経営計画では、全社数値目標・KPIも掲げられています。売上高は大きく伸びない中で収益性、資本効率を改善させることがポイントですが、ここはマネジメントの強い意志をもってすれば実現できると期待しています。ただ費用の削減は一過性の効果とも言えるので、いかにして持続的な成長につなげていくのか、中長期の成長に向けて何をしていくのかが問われます。
伊藤 構造改革により将来の収益レベルが落ちるとは考えておりません。2025年度の売上目標は2,800億円で現状と変わりませんが、特許切れによるジェネリック医薬品による侵食リスクもそれなりに織り込んだ数値です。飛躍的なトップライン成長にならなくとも、海外事業の強化などで利益水準は今よりも高いレベルを目指していきます。そして2026年度以降の成長ドライバーとして近視や眼瞼下垂、老視などのプログラムを開発中です。眼科領域とはいえこれまでの緑内障や抗菌剤などとは異なる新しい疾患領域になりますので、いかに育てていくかが課題です。新しい市場ならではのチャレンジもありますが、逆に我々のやり方次第で大きく育て、アップサイドを追求することもできます。新たな市場を開拓し、患者さんへの貢献を広げていくという観点から、絶対にやり遂げるという強い気持ちで取り組んでいます。
小池 国内事業を成長させた実績や経験からくる自信をとても感じます。
伊藤 日本の医薬営業統括担当役員になったのは2012年ですが、薬価引き下げ圧力がある日本は厳しい市場と言われていました。しかし生産性改善の取組みの結果、MR(医薬情報担当者)を増やさずに日本の売上高を当時の900億円から足元では1,600億円まで育てることができました。これはおそらく国内最高水準の生産性だという自負もあります。ピンチはチャンスであり、同じようにまた海外でチャレンジしていきたいと考えています。
鳥居 直近数年は取組みが拡散していたというお話を頂きましたが、新中期経営計画を作るにあたってHappiness with Visionというビジョンの実現とその達成のための御社の強み、そして事業領域についてどのように整理されたのでしょうか。
伊藤 ビジョンの追求は大切なことであり、ここ数年はとにかく新たな分野に挑戦しようという姿勢を大切にしてきました。一方で、目的と手段が逆転し、結果的にはビジョンの達成につながらない取組みにリソースを割いてしまった部分があります。これからは、当社の強みを生かしながら人々が目に関心を持つ取組みをもっと増やしていきたいと考えています。新薬パイプラインの1つである眼瞼下垂プログラムが面白いのは、生活者が眼科を訪れるきっかけになるということです。眼瞼下垂は視野狭窄を伴う病的ニーズだけでなくコスメティックニーズもあります。例えば40~50歳代の方がコスメティックな眼瞼下垂治療をきっかけとして眼科を受診することで、それまで気づいていなかった目の疾患が発見される、あるいは目の健康に対しても意識が高まり、疾患の予防や早期発見につながることを期待しています。デバイスやIT技術を使い人々の目の健康意識を高めることも重要ではありますが、我々の強みやアセットを活用することがビジョンの達成や患者さんへの貢献につながるということを改めて認識する必要があります。
小池 眼科は一般的な人にとって縁遠いと思われがちですが、眼瞼下垂治療のようなきっかけで眼科市場へのアクセスをつくり、御社の強みもアピールできるというアプローチは非常に興味深いです。
鳥居 事業の選択と集中という観点で特に気になるのが米国事業で、2003年に一度目の撤退、2016年頃からの再参入と直近の二度目の実質的な撤退という歴史があります。今後の再参入の可能性についてお聞かせください。仮に再挑戦するならば何が必要でしょうか。
伊藤 米国市場は競争が激しいですが、医療業界においては、イノベーションの源泉であり、非常に大きな市場なので将来的には成功させたい地域であると考えています。一回目は抗菌剤の新薬で参入しましたが、すでに抗菌剤に対する医療従事者・患者さんのニーズはかなり満たされていましたので、既存品より少し良いくらいの製品では受け入れられませんでした。二回目のチャレンジでは早期に商業基盤を構築し、経営の時間軸を短くした上で、新たなSanten製品を展開していくための販売プラットフォームとしてEyevance社を買収しましたが、元々の取り扱い製品に競争力があるとは言い難く、環境変化により業績が悪化し、想定していた収益の実現が難しくなりました。同じ轍を踏まないように、徹底的に製品競争力がある製品での再参入を考えています。また、過去二回はセールスやマーケティングを全て自社で賄おうとしていましたが、今後は製品単体でなく後続パイプラインも含めてポートフォリオで見たときに、自社でやるべきかパートナーを探すべきかのエントリーシナリオを熟慮したいと考えています。
小池 過去の経緯を拝見していると実行力の担保が今回の新中期経営計画達成のポイントになると思います。先ほど国内での営業改革の経験を伺いましたが、その成功体験や仕組み、戦略はそのまま海外で再現できるものなのでしょうか。
伊藤 そこは問題ないと思っています。製品を販売するにあたって、その製品が患者さんへどれだけ貢献できるか、アスピレーションを持ってそれを実現するための精緻な計画を立て、組織内で、一貫してそれに取り組みPDCA を回していく。こうした日本でやったことの要諦を落とし込んでいけば改善余地は大きいと思っています。新たに迎えた中島COOのもとですでに動き始めています。
鳥居 構造改革、会社の文化を変えるにはトップダウンの方針も重要ですが、最終的には現場の従業員の方々が動かないといけないと思います。現場の社員や地域マネージャーのモチベーションを高める仕組みづくりはされているのでしょうか。
伊藤 新中期経営計画発表後の今年4月以降、タウンホールミーティングなどで全社員と対話する機会を設け、その後も、社員からの質問に対し、数か月かけて丁寧に答え、会社のトップとしてどのような方向性を目指しているのかを説明をする等の取組みを行っています。しかし、企業理念やビジョンを語るだけでは社員の行動変容にはつながらず、一人ひとりの社員が成功体験を積むことができるような環境を整備することが必要です。日本事業でモチベーションを高く維持し生産性を限界まであげられたのは、この成功体験があったからです。私は坪内逍遥氏の「知識を与えるよりも感銘を与えよ。感銘せしむるよりも実践せしめよ。」という言葉が好きで、結局成功体験を積むには基本理念の実践が大事だと思っています。感銘は、実際の体験を通じてこそ与えることができ、私たちは、さらにより大きな感銘を追い求めて実践していくことが重要です。人に感銘を与える志を持ち、それぞれが小さな成功体験を積み重ねることで、組織また会社全体として実践を加速するサイクルを一緒につくっていきたいと思っています。
小池 会社の文化を変えモチベーションをあげることが実行力の担保につながると期待しています。その意味ではガバナンスも重要なテーマととらえております。御社の取締役会は過半数が社外取締役で構成されており多様性も確保されていますが、海外の製薬・ヘルスケアビジネスに精通した人材の活用を含め、今後のさらなる多様性進化に向けた取り組みについて、現在のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
伊藤 現状の取締役構成でスキルマトリクス的にもバランスが取れていると思っていますし、今すぐ変更が必要とは考えていません。たださらに進化させるという観点で、海外やヘルスケア専門の人材については今後検討していきたいと考えています。
小池 ありがとうございます。財務戦略についてもお伺いします。新中期経営計画ではコアROE目標を13%に設定されており、その前提となる投資採算ハードルレート引き上げについても言及されていますが、従来の財務戦略とはどこが異なるのでしょうか。
伊藤 株主の期待に応えることは経営の最重要課題の一つと認識していますので、財務指標に対しても高い意識を持ち、投資採算ハードルレートも以前の8%台前半よりも厳しい水準で考えています。コアROE 13%、フルROE 10%には早急に戻さないといけないと思っていますし、自社株買いを通じて、さらに高い水準を目指していきます。
小池 今後は成長を模索しながら実行力をいかに担保していくかが大事な視点になりますので、例えば投資案件や事業ごとのROIC(投下資本利益率)が改善しているのか開示して頂けると、新戦略の実行性が確認でき、投資家の信頼感につながると思います。
伊藤 現時点でROICの開示までは考えていませんが、今頂いたようなご意見を聞きながら今後は必要な指標はしっかり開示していくつもりです。投資家の方々には、透明性を持ってできる限りわかりやすく説明できるようにしたいと思います。
小池 最後にESGやサステナビリティの取組みについてもお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
伊藤 重要なマテリアリティの中でも特に重点的に取り組むべき項目を議論し、新中期経営計画の達成とその先の成長につながっていく、「社会的意義のある製品の市場浸透」、これと事業成長を支え、けん引していくための「人材の育成・登用」。この二つを最重要課題として取り組んでいます。
鳥居 2022年に改革を始められた当初、「被買収リスクも踏まえ株価を早急にそれ以前の水準に戻さないといけない」と仰っていたことが非常に印象に残っています。現株価には足元の構造改革が一定程度評価されているととらえています。一方でさらなる株価上昇にはバリュエーションの拡大も必要です。今日お話し頂いた中期経営計画が着実に実行できていることが確認できるとそこも変わってくると思いますし、サステナビリティの取組み、例えば貢献患者数のような社会的インパクトの開示もバリュエーション拡大に貢献すると期待しています。
伊藤 今後、眼瞼下垂や近視の治療を広げていくには様々なボトルネックが生じると思っていますが、それらを解消してくための施策が具体化してくると、対象患者数や貢献患者数のような社会経済的効果を定量的に出せるようになります。いち早くその段階に至りたいと思っております。
小池 リーダーシップを発揮して新たな成長の道筋をつくろうという伊藤社長の熱い思いを感じました。今日は大変貴重な機会をありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年9月29日)