株式会社三井住友フィナンシャルグループの太田純氏は2023年11月25日にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈り致します。
デジタル化や人々の行動変容といったパラダイムシフトが、金融業界に変革を求めています。環境変化に対応し、質の伴った成長を目指している三井住友フィナンシャルグループ。銀行、証券、クレジットカード、コンシューマーファイナンス、リース等、幅広い事業を展開する一大金融グループは今後、どのような価値創造を図ろうとしているのか。グループCEOの太田純氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が語り合いました。
小池 日本を代表する企業のトップの方々との対話を「Project BRIDGE(プロジェクトブリッジ)」と銘打って発信しています。この「BRIDGE(ブリッジ)」には、企業と投資家の懸け橋となり、本源的企業価値と株価のギャップを埋めていきたいという私たちの思いが込められています。
まずお聞きしたいことは株価水準のことです。東証がPBR1倍割れの企業に対し、改善へのメッセージを発しています。銀行セクター全体としてでも構わないのですが、自社の株価についてどのように見られているかお聞かせください。
太田 PBRが1倍を割っているという市場の評価については、経営者として忸怩たる思いを持っています。一方で、私としては、この20年間、超低金利・マイナス金利という厳しい環境、いわば空気のない世界に立ち向かいながら、成長戦略を着実に実行し、ボトムライン成長とROEの向上に注力してきたという自負もあります。さらに、非財務を含む情報開示の拡大により、情報の非対称性解消による資本コストの引き下げにも取り組んできました。その結果、金融政策の修正への期待感も相俟って、足元のPBRは改善傾向にあります。
小池 成長戦略の基盤となる新中期経営計画の「Plan for Fulfilled Growth」という名称が象徴する計画への思いをお聞かせください。
太田 2022年の統合報告書で、これからの30年を「幸せな成長の時代にしたい」とお伝えしましたが、「Fulfilled Growth」はその「幸せな成長」の英訳として用いた言葉です。60代の私にとって、人生の最初の30年間は、日本が高度経済成長を遂げた時代でした。次の30年は、バブル崩壊とその後の停滞の時代であり、それまでは高度経済成長の裏に覆い隠されてきた社会課題も一気に表面化してきました。
そして、ようやく停滞に終わりが見えてきた今、これからの30年を、単に経済的な成長を再び目指すだけでなく、社会課題の解決にも積極的に貢献していくことで、そこに生きる人々が幸福を感じられるような時代にしたいと考えています。それこそが、私たちの目指す「幸せな成長」であり、その実現に向けた強い決意が「Plan for Fulfilled Growth」という名称に込められています。
小池 銀行にとってマイナス金利環境は利益を生み出しづらく、事業戦略を立てるのはとても難しいと思います。変化に対応するために、銀行業の定義や存在意義を見直そうという発想があったのでしょうか。
太田 私は、金融業はGDPビジネスであり、市場規模はその国の経済活動の量に比例すると考えています。したがって、潜在成長率が低い日本で、金融マーケットが大きく伸びることは期待できません。一方で、金融の機能そのものは、その形態や担い手がどう変わろうとも、社会にとって不可欠なものです。もし将来、この役割を担うのが銀行でなくなるのだとしたら、私たち自身も銀行であり続ける必要はなく、お客さまのニーズに合った質の高い商品・サービスを絶えず提供することで、社会に不可欠な金融機能の担い手になれると信じています。
これが、私たちSMBCグループが「最高の信頼を通じて、お客さま・社会とともに発展するグローバルソリューションプロバイダー」というビジョンを掲げている理由です。ここでは「金融業」という言葉を敢えて使っていません。それは私たちが自身の役割を単に「銀行」や「金融業」という枠組みにとらわれず、より広い視野で捉えることで、進化し続ける意志を示しているからです。
2023年4月にスタートした新中期経営計画では、このビジョンに向かって質の伴った成長を実現するべく、「社会的価値の創造」「経済的価値の追求」「経営基盤の格段の強化」の3つを基本方針に掲げています。
小池 モバイル統合金融サービス『Olive(オリーブ)』は、これからのSMBCグループを象徴する機能だと感じています。目指す方向として、過去の金利のある時代の収益率を上回る事業を追求するのか、そもそも収益モデルの異なる新たなサービスとして開発していこうとしているのでしょうか。
太田 『Olive』は、日本のリテールビジネスを徹底的にデジタル化していく発想から生まれたサービスです。コスト構造を根本から見直すことで損益分岐点を下げ、安定的な収益を生み出すサービスになると期待しています。さらに、利便性を高め、お客さまが集めやすく使いやすいポイント制度を設けることで、家計のメイン口座としてご利用いただけるようになり、将来的にはローンやクレジットカードへの取引に繋がっていくと期待されます。
銀行以外にも、クレジットカードや証券など、幅広い金融機能を提供することで、お客さまは1つのアプリ上で金融取引を一元的に管理することができます。さらに、非金融分野のサービスも拡大し、これまでの銀行口座とは一線を画す新たな金融体験を提供します。これにより、お客さまの利便性の追求とともに、収益の多角化も可能となります。
強いクレジットカード会社をグループに持っていることは、競合他社にはない、私たちの強みです。それを中核に据え、よりドミナント(優位)な存在になるために、オンライン証券やポイントプログラムなどの足りなかった機能も揃えました。
小池 単純な銀行決済はスマートフォンに置き換えられ、店舗に行く機会はどんどん減っています。ただ、銀行の店舗は重要な社会インフラとして何らかのかたちで組み込まれていくのではないかと思っています。店舗の維持や統廃合については、どのように考えていますか。
太田 店舗の数を大きく減らすつもりはありませんが、お客さまのニーズに応じたチャネルへと進化させていく方針です。具体的には、日常の取引はスマートフォンを通じて行い、交通量の多い駅前などにはATMコーナーだけを設置します。一方で、店舗はお客さまの疑問やお悩みにお応えする場に特化させ、ショッピングモール内など、お客さまが気軽に訪れやすい場所に設置します。何も午後3時に店舗を閉める必要はなく、夕方以降や土日の営業も可能です。この新しいタイプの店舗を“ストア”として展開し、お客さまとのコンタクトポイントを維持していきます。
2023年から2025年までの新中期経営計画では、既存の店舗の6割程度をこの新しい形態の“ストア”に変えることで、280億円のコスト削減を目指します。
小池 リテールでの証券戦略についてお伺いします。『Olive』はSBI証券の口座と紐づいています。三井住友銀行あるいはSMBC日興証券の提供する資産運用サービスとの違いは、どのあたりにあるのですか。
太田 『Olive』は、エントリーポイントがデジタルであるために、特に若年層や投資初心者の方々に支持を得ています。だからこそ、投資のエントリーバリアをできるだけ引き下げることを意識しており、SBI証券との連携は、これらの顧客層において親和性が高いと考えています。一方で、三井住友銀行やSMBC日興証券では、資産運用額の大きい富裕層や企業オーナーのお客さまとの取引に力を入れていきます。コンプライアンスに気を配りながら、銀行・証券の連携を強化していきたいと考えています。
小池 証券ビジネスに関して、海外でやや出遅れているとの評価もあります。リテール以外の証券ビジネスに関してどういった方向を目指していますか。
太田 証券ビジネスのホールセール業務は、グローバルなリーチがないと難しい世界であり、私たちSMBCグループが現在、他の金融機関に比べて遅れを取っている分野です。特に、コロナ禍に社債マーケットが活況を呈した際、競合他社が大きく収益を伸ばす一方で、我々はその恩恵を十分に享受することができませんでした。
この課題を解決するため、米国最大手の投資銀行の1つであるJefferiesとの連携を強化し、グローバルCIB(Corporate & Investment Banking)ビジネスの高度化を目指しています。
Jefferiesと我々では得意分野がまったく違います。SMBCグループはレンディングとデットキャピタルマーケットにおいては相応の強みを有していますが、M&Aやエクイティキャピタルマーケットにおけるキャパシティは十分ではなく、これはJefferiesが強みとする領域です。だからこそ、自前主義を捨ててお互いの強みを掛け合わせることにしました。SMBCグループのお客さまにジョイントマーケティングを行うことで、着実に協働の成果を積み重ね、より一層提携を深化させていきます。
小池 財務戦略についてお聞きします。政策保有株式の削減ペースを加速される計画です。投資家からの関心の高いテーマだと思いますが、進捗についてお話しいただけますか。
太田 もともとは2020年度からの5年間で3,000億円を削減する計画でしたが、今回の新中期経営計画と期限を揃えるために、6年間で3,800億円の削減に上方修正しました。さらに、2026~2028年度の次期中期経営計画の期間中には連結純資産に対する時価残高の比率で20%を切る水準にまで削減する計画です。しかし、これは最終的なゴールではなく、この計画を着実に達成した後も、継続して削減していく方針です。中には、絶対売却してもらっては困るというお客さまもいないわけではありませんが、コーポレートガバナンスコードの浸透などからお客さまの意識も随分変わってきています。時間をかけて交渉し、お客さまとの対話を深めていくことで、削減に対する理解を得られると考えています。
小池 人的資本経営を推進するにあたり、SMBCグループ人財ポリシーを掲げています。数多くのグループ会社がある中で、全体として、人的資本をどのように活用すべきとお考えかをお聞かせください。
太田 Z世代と呼ばれる新たな世代の価値観に対応していくことが重要です。これらの世代は、従来の職業観や人生観に囚われず、自分が働く会社がどう社会に貢献しているのか、仕事を通じてどのように社会と繋がっていくのかを重視します。私たちの時のように、がむしゃらに働いて出世したい、社長になりたいと考える人はむしろ少数派になってきています。一方で、女性や外国籍の人々を含む多様な人材の増加は、働き方に対するきめ細かいエンゲージメントを必要とします。彼らの能力を最大限引き出し、組織全体の力を上げていくことが求められています。
エンゲージメントサーベイは、こうしたニーズに対応するためにグループ内で実施しています。また、人材開発会社のアトラエとのジョイントベンチャーを通じて、お客さまと企業に同様のサービスを提供するビジネスも開始しました。
イノベーションに繋がる発想を生むためには、性別や国籍などを問わず、多様な人々が集まり、相互に尊重しながら刺激を与え合う環境が必要です。そのためには、ダイバーシティ&インクルージョンの推進を意識的に行っていく必要があり、KPIを設定し、経営陣が意思を示し、具体的な成果に落とし込んでいくことが重要となります。
小池 特にグローバルでの展開を始めようとすれば、ポリシーのような基礎がないと人材も集まらないですよね。最後にESGについてお聞きします。まずは環境問題に対する金融機関としての取組みについて、環境団体との意見交換を含めて現状を教えてください。
太田 気候変動への対応を含む環境への取組みは、私たちSMBCグループのマテリアリティの一つです。我々は、2030年までにスコープ1とスコープ2、2050年までにスコープ3において、カーボンニュートラルを達成することにコミットしています。ただし、これらは決して簡単な目標ではありません。特にスコープ3については、お客さまとの対話なしでは達成できませんし、新たな技術開発や導入が重要なカギとなります。目指す頂上は明確ですが、そこに至るまでの道筋やスピードは変化する可能性があります。そして、環境団体との間でときどき意見がすれ違うのが、まさにそのルート設計についてです。我々はフレキシブルに対応しながら、着実にゴールを目指しており、その姿勢を理解してもらうために、粘り強く対話を続けていきます。
小池 SMBC日興証券の不祥事について、こうした問題は経験上、従業員カルチャーに起因する面が大きいと考えています。ガバナンスの強化を含め、どのような予防的な措置をお考えですか。
太田 今回の不祥事を受け、既に再発防止策をリストアップし、実行に移しています。ただし、おっしゃるように、同様の事態を二度と起こさないためには、根本的な企業風土そのものを変えていく必要があります。例えばリテール部門では、預かり資産を重視する評価方法に変更するなど、長期的な視点でのビジネス運営を推進しています。これにより、企業風土の改革を徹底し、明確な方針を定着させていくことが重要だと考えています。
組織の風土変革は一朝一夕に達成できるものではありませんが、SMBCグループとして、ガバナンスの強化と企業風土の改革に向けた取組みを継続していきます。
小池 冒頭に社会課題の解決のお話がありましたが、今回の新中期経営計画の大きな特徴は、基本方針の1つに「社会的価値の創造」を掲げられたことだと思います。この点について、太田さんの思いを聞かせてください。
太田 これからの時代は、経済的価値の追求に加え、社会的価値の創造がより一層重要となり、社会的価値を創造できない企業は、経済的価値を追求する資格すらなくなると私は考えています。社会とは、我々が事業を営む上での礎となるものであり、その発展なくして企業の持続的成長はあり得ません。だからこそ、「社会的価値の創造」を経営戦略の柱に据え、短期的には経済的価値に直結しない領域にも積極的に取り組んでいくことを決断しました。SMBCグループとして、経済の成長や社会課題の解決をリードし、そこに生きる人々が幸福を感じられる「幸せな成長」に貢献していきたいと考えています。
小池 太田さんにたくさんのことをお聞きすることができ、感謝しております。今後ともよろしくお願いします。本日はありがとうございました。
この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2023年11月24日)