野村アセットマネジメント

対談【日清食品ホールディングス】「EARTH FOOD CREATOR(食文化創造集団)」として、
フードテックを軸にグローバルでブランド価値を高める

左:日清食品ホールディングス株式会社 代表取締役社長・CEO 安藤 宏基 氏 右:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖
左:日清食品ホールディングス株式会社 代表取締役社長・CEO 安藤 宏基 氏
右:野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

1958年に誕生した世界初の即席めん「チキンラーメン」を皮切りに、食の可能性を追求する日清食品グループ。非即席めんや海外事業にも力を注ぎ、株式時価総額で1兆円を超えるグローバル企業へと成長。ブランドを磨き、企業価値を高めるために人的資本をどのように最大化させようとしているのか。日清食品ホールディングスのCEOである安藤宏基氏と野村アセットマネジメントの小池広靖が、同社の未来像について語り合いました。

レジリエンスに富む事業構造が有事への強さに

小池 日清食品グループは株価パフォーマンスも堅調で、中期経営計画2020で当初目標に掲げた「時価総額1兆円」はすでに達成しています。次のステップとしてどのような目標をお持ちですか。

日清食品ホールディングス株式会社 代表取締役社長・CEO 安藤 宏基 氏

安藤 時価総額2兆円という新たな目標を社内外に明言しました。実際、足元の業績は好調で、2020年に策定した10年目標「中長期成長戦略2030」で掲げた既存事業コア営業利益800億円は、3年目である2023年度に前倒しでの達成を予定しています。この3年間の年平均成長率は20%を超え、「中長期成長戦略2030」でお示ししたmid-single digit(一桁台半ば%)での伸びを大幅に上回る水準となる見込みです。これは当社グループが強みとするレジリエンスに富む事業構造が働いた結果です。
レジリエンスとは平たく言えば変化への耐性であり、変化を成長に変える力です。ここ数年、世界はコロナ禍や自然災害、国際紛争、急激なインフレと有事が頻発しているのですが、概ね当社グループの事業にとってプラスに働きました。BCP(事業継続計画)での有事を意識したサプライチェーンマネジメントを整備してきた成果でもありますし、各国の事業部と本社機能がうまく連携できてきたということでもあります。これからも平時はイノベーションとマーケティングによって成長し、有事に発揮されるレジリエンスと合わせて成長を目指します。2030年度の数値目標は、売上高1兆円と既存事業コア営業利益1,000億円を最低線として再設定しようと考えています。
※既存事業コア営業利益=営業利益-非経常損益としての「その他収支」-新規事業損益

小池 今後の成長をさらにドライブさせる要素は何でしょうか。

安藤 一番はフードテックでしょう。インスタント食品はジャンクな食品だという印象を持たれがちですが、中身はかなり進化しています。代表的な商品である「カップヌードル」も発売当初と中身は相当に変わっています。また、フードテックを通じて力を注いでいる商品として新規事業の「完全メシ」があります。「完全メシ」は「日本人の食事摂取基準」で設定された33種類の栄養素をおいしさとともに提供する商品ブランドで、将来的には「完全メシ」タイプの「カップヌードル」という商品が発売される可能性もあります。健康と栄養というカテゴリにおいて価値を広めていきたいと考えています。
フードテックは「完全メシ」に限った話ではありません。グローバルブランディングや環境問題にも関わってきます。ブランディング力を高めていく上で、海外でも国内と同様に大事になってくるのはフードテックを中心としたイノベーションとマーケティングです。フードテックの優位性により付加価値のある商品を発売し、マーケティングを展開していくことで、世界各国におけるブランド価値を今後もより強化してまいります。
もう一つは経営基盤の強化が進んでいることです。本社にはチーフオフィサー制度を敷いており、チーフオフィサーはプロフィットセンターに対して国内海外を問わずサポートする体制になっています。チーフオフィサーの評価基準は、プロフィットセンターに対するサービスやサポートを通してどれだけ利益に貢献したかというものです。よって海外のプロフィットセンターの社長が本社のチーフオフィサーのサポートを受けるといった構図は珍しくありません。このマトリクスの運用のチェックを進めるのが私の役割ですが、この構造が上手く機能していると感じています。

ROICの開示も検討を進める

小池 収益面の財務指標としてROEにも注目しています。長期的に掲げている10%の目標値は、加工食品業界の中では平均的で、もう少し高いレベルを目指してもよいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。ROIC(投下資本利益率)の開示についてもご検討されていますか。

安藤 資本効率の改善は配当や自社株買いといった手段を含めて常に気にしています。ただ、同時にステークホルダーへの配慮も重要です。さきほどのレジリエンスにもつながりますが、関係先や取引先を常にサポートできる財務体力は保ってまいります。加えて、フェアトレードや環境問題、ネイチャーポジティブなど外部からの経営課題も年々増加しており、その対処も不可欠です。
ROICについては、現在は設備投資増強のため借入金が増加傾向ですが、当社におけるROICの有効的な活用方法を確立したタイミングで開示をしたいと考えています。やはり投資家の立場では私たちがKPIとして掲げているROEよりもROICの方が気になるのでしょうか。

小池 東証からの要請もあり、投資家はROICがWACC(加重平均資本コスト)を上回っているかを判断基準の1つにしています。上場企業にとっても、部門別あるいは事業別のROICを開示し、社員の皆さんにその考え方を浸透させて、資本効率を高めていこうという動きはトレンドになってきています。御社は株価連動型の社員食堂「KABUTERIA」をオープンさせたように、社員の方への株価の意識付けが先駆的で、こうした企業がさらに情報発信をしていけば、株式市場での評価も一層上がるのではないでしょうか。
政策保有株式についてはどのようにお考えでしょうか。

安藤 取引先との安定株主作りという日本独特の風土は、国際ルールからは資本効率重視に反すると指摘され、当社グループも政策保有株式の解消がだいぶ進んでいます。これからも順を追って整理を進めてまいります。資本は収益性の高いところに投下した方がよいという考えに変わりはありません。

政策保有株の縮減推移
政策保有株の縮減推移
(出所)日清食品ホールディングス株式会社・会社資料より
「企業在人」、企業にとっていちばんの資産は人である
野村アセットマネジメント株式会社 CEO兼代表取締役社長 小池 広靖

小池 人的資本経営という言葉が盛んに言われています。御社はイノベーティブな組織作りに成功されていると思うのですが、育成や評価に対する取組みを教えてください。

安藤 創業者の安藤百福が社員に向けて記した言葉に「企業在人」があります。企業にとっていちばんの資産は人であるという考え方は当社グループの基本です。また、「食足世平」「食創為世」「美健賢食」「食為聖職」の4つの創業者精神(ミッション)を基に「EARTH FOOD CREATOR(食文化創造集団)」をビジョンとして掲げ、食を創り世のために尽くすことをグループ理念としています。特に、「クリエイティブ」「ユニーク」「グローバル」「ハッピー」という4つの思考(バリュー)を大切にし、すべての行動はこれらに即していることが求められます。
我々にはこのミッション、ビジョン、バリューという基軸があり、これは変わることはありません。それを私が行動指針としてまとめたものが「日清10則」です。その中に「ブランドオーナーシップを持て」という言葉があります。私たちは最終消費者の満足にまで責任を持たなければなりません。こうした思いに立った人材育成をずっと続けています。
また、制度面についても時代に即した改定を行っております。例えば、当社は「グループ横断の公募制」を導入しています。年功序列ではなく、何かの仕事をやりたいと思い自主的に手を上げた人を優先して審査します。3年に一度はポジションを変える前提にしており、異動対象の管理職の半分ほどを公募制度で登用したいと考えています。これからは、スキルを持った人がより活躍の場が広がり、適所適材が実現できるよう、ジョブディスクリプションの可視化など日清流のジョブ型の導入に向けて整備を進めています。

小池 日本ではユニークなコマーシャルなどを含めてブランディングに成功されていますが、海外のビジネスで重視している戦略はありますか。

安藤 私たちのビジネスは世界各国の小売業と直結しているので、現地の小売業のトップと話ができる人を社長に据えています。日本人でも優秀であればトップに置きますが、米国やメキシコ、インドでは現地で社長を採用しています。
海外スタッフのロイヤリティやエンゲージメントも私が想像していたよりずっと高い結果が出ています。海外では出向した社員を中心としてローカルのスタッフも含めてワンチームでまとまっています。これは各拠点に共通する動きです。背景としてはまず当社の製品や企業のブランドが存在し、自身の仕事やブランドに対してプライドを持って働けるかどうかが組織のまとまりに大きく影響するのだと思います。だからこそ、やはり良い製品を作っていく必要があるのです。ブランドが確立されて世界中に健康と栄養を届ける、そういう企業に変化していこうとしている今、改めてブランド価値を高めることが大切だと考えています。

小池 ダイバーシティについて伺います。これは当社、野村アセットマネジメントにも共通する課題なのですが、女性管理職比率が低位に留まっています。女性活躍推進のための取組みを聞かせてください。

安藤 そこは当社グループの課題だと認識しています。ハラスメントに対する施策、LGBTQ+への対応、インクルーシブな組織風土を作るための取組みなど様々な属性の社員がフェアに働けるようにする制度はだいぶ整ってきたと思っています。仕事と子育てとの両立に関しては国の制度が相当充実し、当社でも男女問わず積極的に育児休暇を取得できるよう取組みを推進しています。女性活躍推進については女性社員へのリーダーシップ開発や部門長のスポンサープログラムの実施など多面的な取組みを実施していますが、女性社員が管理職になるまでのタイムラグがありますので、継続的に評価していただければと思います。こうした社会基盤の変化に対してもポジティブに取組み、対応力を高めていきます。

環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」

小池 御社はCO2排出量の削減目標を上方修正されるなど意識の高い取組みを進めていますが、ネイチャーポジティブに向けた活動の目標値設定と開示、取組みの強化の予定はございますでしょうか。

安藤 当社は中長期成長戦略の一つとして「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」という環境戦略を発表しております。この戦略においては持続的な成長を環境面から支える取組みとして、「資源有効活用へのチャレンジ」と「気候変動問題へのチャレンジ」を推進しています。
また、2023年5月には当該環境戦略で掲げたSCOPE1+2およびSCOPE3でのCO2排出量の削減目標をそれぞれ上方修正したほか、インターナルカーボンプライシング(社内炭素価格)制度を試験的に導入するなど、CO2削減に向けた取組みを加速させています。
ネイチャーポジティブに向けた活動については、グループ全体の生物多様性方針を公開し、TNFDに沿って自然関連のリスク・機会のトライアル開示も行っています。具体的な活動として主要原料であるパーム油調達に関して、衛星モニタリングシステムを構築することで森林破壊リスクの低減に向けた取組みを強化していることに加え、農業によるCO2排出を抑えるための取組みを検討しております。今後もTNFDフレームワーク最終版の提言に沿った対応を進め、シナリオ分析等を行ったうえで、目標設定・開示に向け進めてまいりたいと考えております。

環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」進捗
環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」進捗
(出所)日清食品ホールディングス株式会社・会社資料より
TNFD対応 -自然関連リスク・機会評価のトライアル実施
TNFD対応 -自然関連リスク・機会評価のトライアル実施
(出所)日清食品ホールディングス株式会社・会社資料より

小池 「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」の達成に向けた御社の取組みの一つとして直近では米国でカップヌードル紙製カップへの移行を発表されていると思いますが、今後プラスチック削減に向けてグローバルで更にどのような取組みが想定されますでしょうか。環境対応コストの商品への価格転嫁は容易でないとの認識ですが、強いブランディングでご対応可能でしょうか。

安藤 当社は環境に配慮した包材を使用しております。国内では、「カップヌードル」ブランドの商品で使用する容器を、プラスチック使用量と焼却時のCO2排出量を削減した「バイオマスECOカップ」に2019年から移行しております。海外では、米国においても「CUP NOODLES」が2024年1月から紙カップとして生まれ変わるなど、国内外でCO2削減に向けた取組みを積極的に進めています。コストについては、紙カップ化で少々増加する部分もありますが、メディアからは前向きに取り上げられ消費者にも好感を持たれていることもあり、しっかり浸透させプレゼンスを高めてまいります。
環境コストは今後、避けられない必要コストと認識しておりますが、高付加価値商品を展開していく上で重要な施策の一つと考えています。

小池 本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。企業としての戦略や成長ポテンシャルを素直に理解できました。環境面でも引き続き業界をリードする取組みに期待しております。

この記事は、投資勧誘を目的としたものではなく、特定の銘柄の売買などの推奨や価格などの上昇または下落を示唆するものではありません。
(掲載日:2024年2月29日)